朝、目が覚めたら身体が宙に浮いていた。
「なんじゃこりゃ」
 身体を右によじって下を見る。ベッドがある。左によじる。やっぱりベッドがあった。まだ結んでいないざんばらの髪がふよふよとそこらを舞っている。
「我ながらきしょいな。うん、きしょいぞ」
 大事なことなので二回言いました。
 さて。
 何はともあれ、棗鈴は浮いていた。クラスで浮いているのはなんとなくわかってはいたが、まさか本当に身体の方が浮いてしまうとは。
「わーびっくりだー」
 自分でもびっくりするくらいの棒読みだった。もしかしたらまだ頭が完全に目覚めていないのかもしれないと思った。だとすれば、するべきことはただ一つ。
「おやすみなさい」
 眠たい時は眠るに限る。どこにも接地することのないふわふわ感はやけに眠気を誘った。
「……くかー」
 三秒ももたずに眠りに落ちた。もっさもさの毛を優雅に生やした羊の群れが鈴の周囲をぐるりと囲って仲良くポルカを踊っていた。よく見たらその背には一匹ずつ猫が乗っていて、踊る羊に揺られてにゃおにゃお鳴いている。
「むにゃ……まさとのばかにははもんぺちやらないんだからな……ないたってだめだぞ……」
「寝ぼけるなこの馬鹿妹が!」
「にゃむっ!?」
 後ろ頭をおもくそ叩かれた。なんだやんのかこのやろーと、心の中で猪木風のタンカをきりつつ、空中で器用に身体を回転させて下手人を確認する。
「なんだ馬鹿兄貴か」
「なんだとはなんだ馬鹿妹」
「なんだとはなんだとはなんだ馬鹿兄貴」
「なんだとはなんだとはなんだとはなんだ馬鹿妹」
「なんだとはなんだとはなんだとはなんだとはなんだとはなんだ馬鹿兄貴」
「頑張ったのは認めるけど、お前一回多いからな」
 完全敗北を喫した。頑張りすぎたせいで、呼吸が荒い。
「お前もさ、もう少しでいいから大人になれよ」
「馬鹿兄貴にだけは死んでも言われたくないぞ……ところで馬鹿兄貴、一つ聞いてもいいか」
「ああ、なんでも言ってみろ馬鹿妹」
「なんであたしは浮いてるんだ」
「……それはもしや集団の空気に溶け込めない的な意味でか。そうなら兄としてはちと答えにくいところもあり」
「あたしの今の状態的な意味に決まってるだろ!」
 泣いた。
 泣きながら恭介の頭をぽかぽか殴った。本来なら自慢のハイキックが火を噴く場面だったが、鈴の足は最初から宙に浮いていたため、要するにハイもくそもなかった。
「ふむ、なら簡単だ。ものの一言で済む」
 つまりなにかあたしの浮きっぷりは物理的に浮いてしまうことよりオオゴトなのかと、鈴は若干凹みつつ恭介の言葉を待った。
 恭介はびしりと鈴の鼻先に人差し指を突き付けてこう言った。
「それはお前が……魔法少女だからだへぶらっ!」
 殴った。
 手首がほどよく返ったいいパンチだった。



    彡   彡   彡



 冗談は言わん、と恭介は言った。もしも恭介の言ったことが冗談などではなかったとしたら、それは一言、最悪だった。
「下りたいと願え。集中しろ。そうしたらすぐにでも下りられるはずだ」
 数秒後には下りられた。やってみれば簡単なことだった。その逆もしかり。どうやら昨今の魔法少女は飛ぶのに箒を必要としないようだ。それもう魔法少女というより舞空術だろ、とかなんとか思ったり思わなかったり。
「お前は旅立たなくてはならない。理樹を――救うための旅だ」
 生来の図抜けたかわいらしさが災いし、さらわれてしまった理樹。囚われの理樹はこの世界のどこかで助けを待ち続けている。どうやら、そういうことらしかった。
 ともあれ、鈴は素直に旅立つことにした。恭介や筋肉馬鹿、まーんのためならきっと行かなかったが、理樹ならしょうがない。なぜなら彼は、鈴から見てもやばいくらいに普通で貧弱貧弱ゥだったからだ。
「待ってろ理樹。今あたしが助けてやるからな」
 装備は恭介に整えてもらった。バリアジャケットとかいう薄くてぴらぴらした服に、真っ黒なマントと、杖。
「本当に防御力高いのかこれ」
「当たり前だ!」
 由緒正しき家系の魔法少女が使っていた戦闘服のお古だとか。なんで恭介がそんなものを所持しているのかを追及すると、余計な手間を食われた上、一応たった一人の兄の両手が後ろに回ってしまいそうな気がしたので、自重した。
「で、あたしはこれからどこへ行けばいいんだ」
「そんなもん自分で考えろよと言いたいところだが、それでは話が進みそうにないから、こっちで一応の世界地図を用意させてもらった」
 A3くらいの紙を渡された。恭介は「それじゃ頑張れよ」とだけ言い残して霞のように消えた。正直びびった。
 まぁ、それはいいとして、今は地図だ。鈴はどこかわくわくしながら紙をちゃぶ台の上に広げた。
 どう見てもこの学校の見取り図だった。
「世界、狭いな!」
 当然の突っ込みだった。
 わけもわからないまま見取り図を見ていると、いたる所に赤ペンでしるしがつけてあることに気付いた。このどこかに理樹はいるのだろうか。
「はらみづくしに探していくしかないな」
 正しくはしらみつぶしだったが、突っ込み要員である理樹は囚われの身だ。



    彡   彡   彡



 しるしがつけられていた一つである教室に来た。いつもは自分達が授業を受けている教室である。ぱっと見、何か妙な感じはない。
 そこにいた三人を除いては。
「ふっふっふっ、りーんちゃーん! しょーぶなのですヨ!」
「なのですーっ!」
「あの……お手柔らかに、お願いしますね」
 鈴の目が腐っていたのでなければ、そこにいたのははるか、クド、みおの三人だった。
「なんだお前ら!」
「なんだかんだと聞かれたらっ!」
「答えてやるが世の情けなのですっ!」
「……にゃーんてにゃ」
 フライング気味な上に妙にテンションの低いニャ○スだった。
「どうしても闘わなければならんのか……」
「ふっふっふっ、これも我らが魔王の命令なのだっ! りんちゃん覚悟っ!」
 いつの間にか、はるかの手には新聞紙ブレードが、クドの両脇にはヴェルカ&ストレルカが、そしてみおの背後には科学部部隊がいた。はるかの特攻をきっかけにした一斉攻撃。
「……仕方あるまい」
 短く呟くと、鈴は口の中である呪文を詠唱する。それは装備をもらった時に恭介から教えてもらった数少ない呪文の一つ。
「行くぞ……恨むな、はるか、クド、みお」
 鈴の杖が薄く発光し、辺りに火薬が小さく弾けるような音が響き始める。鈴は、やおら杖を高く掲げ――
「ライ――……ダガ――――――っ!!」
 ――説明しなければなるまいッ!
 ライダガとはライディンとサンダガを掛け合わせた超必殺技と見せ掛けて実は鈴が間違えて覚えてしまっただけというなんとも残念な電撃系攻撃魔法なのだッ! メカ系統の科学部部隊には特に効果は絶大だぞッ!
「あばばばばばば!!」
 電撃の嵐が過ぎ去り、教室には黒焦げパンチパーマと化した三人プラス犬二匹プラスその他大勢の骸が転がっていた。「無念なり〜」だとか「実は俺、美鳥さんの下僕になりたかったんだ……」などという敗者のうめき声が虚しく響くばかりだ。
「悪は滅びた……」
 三十秒ほど、勝利の美酒に酔いしれた後で本来の目的を思い出した。
「おい理樹をどこに隠した? 早く吐かないと、オラオラだっ」
 はるかの胸倉を掴み、問答無用でオラオラオラオラした。星になったはるかの代わりに、クドは小さく「お、屋上なのです……」とだけ言い残し、やがてがくりと意識を失った。

  鈴  ○ − ×  はるか・クド・みお連合軍   【決まり手】 ライダガ(オラオラオラオラ)



    彡   彡   彡



 屋上に出ると、空は既に暮れかけて、太陽が沈んでいく反対側の空ではいくつかの星が小さく輝いている。
 そんな昼と夜の境界線の上に少女は一人立っていた。
「来たんだね……」
 鈴に背を向けたままでこまりは呟いた。
「なんとなくこまりちゃんがいるような気がしてた……」
 こまりはゆっくりと振り向いた。いつもと同じような満面の笑顔があった。そのあまりの変わらなさに、鈴は少したじろいだ。
「理樹を閉じ込めているのは、こまりちゃん……なのか?」
「さぁ、どうなんだろうね」
「理樹は、どこにいるんだ」
「私はなんにも知らないよ」
「どうあっても、答える気はないんだな……?」
「さぁ、どうなのかな」
 それが合図だった。
 アスファルトを蹴って鈴は飛んだ。超低空でまっすぐこまりへと突っ込み、上段に振りかぶった杖をためらいなく振り下ろした。
 だが、空を切る。
 こまりは突っ込んできた鈴をあざ笑うように空を舞い、鈴の頭上でくすくすと楽しそうに笑っている。
「りんちゃん、手を抜いちゃだめ。そんなんじゃ……あっという間に死んじゃうよ?」
「なにぃ……?」
「魔法で来なよ。魔法少女なんでしょ、りんちゃんは……まぁ、どうせ効かないけど、ね」
 そう言うと、こまりはおもむろに服の下に手を突っ込んでごそごそと探り出した。何が来るのか、鈴は身構える。
「来ないなら、私から……行くよ!」
 取り出したそれは、どこからどう見ても絵本(かみきたこまり作)だった。
「…………」
「むかしむかしあるところに――」

 そこから先は涙なしでは語れなかった。
 鈴はこまりの作った話に涙した。
 鼻水も出た。
 うんこも漏ら――してはいなかったが。

「――こうしてみすずは、はるこの腕の中で幸せに空へと旅立っていtt」
「かなしいわぼけーっ!!」
 杖投げた。
 当たった。
 落ちた。

「きゅう〜」

 こうして、鈴とこまりの長い闘いの決着はついた。

  鈴  ○ − ×  こまり    【決まり手】 地球投げ



    彡   彡   彡



 屋上にある給水塔の影を指差してこまりは力尽きた。どうしようか迷ったが、一応持ってたタオルをお腹にかけて近くに置いておいた。
「理樹? いるのか?」
 影に声をかける。
 返事はない。
 だが、誰かがいる。気配を感じる。
「理樹っ! 返事してくれっ! 理樹っ!!」
 影に潜り込んで手を伸ばすと、そこには温かい手があった。
 掴んで力の限りに引っ張る。
 引っ張る。
 引っ張る引っ張る引っ張る!
 すぽんっ!
 間抜けな音を立てて抜けた。勢いで鈴とそれは影から転がり出た。
「理樹っ!」
 大丈夫か、怪我してないか、何かひどいことされてないか、どこか痛いところはないか、何かしてほしいことはないか、腹は減ってないか、喉は渇いてないか、何か話したいことはないか――
 思いが溢れて、零れ落ちた――

「その顔は、何か? 私にやっちゃっていいよとでも言うつもりか鈴君」

 ――くるがやゆいこの上に。

「う、ううううわあああああああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――っ!!!」

 叫んだ。




 そして、鈴は目を覚ました。
「ゆ、夢か……」
 深いため息、そして、小鳥のさえずり。
 窓からもれる朝の光だった。

  鈴  × ー ○  ゆいこ   【決まり手】 モシャス











































    彡   彡   彡



 朝のまどろみ、いい感じに惰眠を貪り、さすがにそろそろ起きないとまずいだろうと鈴は布団に手をついた。

 空振った。

「あれ?」

 そしてまた、一日が始まる。












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