あ、次は僕の番?
困ったなぁ、怖い話なんて全然知らないんだけどなぁ。
うーん、でも何か話さなきゃ進まないよね。百物語なんだし。
うん……よし、思いついた。
あの、でも、最初に言っておくけどさ、これは友達の兄貴から聞いた話で、その兄貴自体も人づてに聞いた話らしいんだ。だから、信憑性なんてありゃしないし、もしかしたら面白くもなんともないかもしれない。そこんとこ、よろしく。
百ある一つの物語
で、その友達の兄貴から聞いた話。みんなももしかしたら聞いたことあるかもしれないな。この町より少し山奥に入った所、そうそう、あの峠。よく走り屋がドラテク競い合ってるっていうあの峠だよ。あそこで前に酷いバス事故があったんだ。これは当時結構な騒ぎになったからもしかしたら覚えている人もいるかもしれない。
え? 覚えてるって? やっぱりー。
で、そのバス事故なんだけど、これがまたありそうな話でさ、修学旅行中の学生だったらしいんだよ、乗ってたの。しかも出発直後。乗ってた学生はほとんど死んじゃったらしいし、やりきれないよね。
もう大体予想ついたと思うんだけど、そう、それ以来その場所には出るようになっちゃったんだよ。何がって、またまたー、わかってるくせにー。ユーレイだよ、ユーレイ。事故自体が有名な話だからね、事故現場近くに現れるユーレイの話も一種の都市伝説みたくなっちゃったんだってさ。
で、ここからが友達の兄貴の、そのまた友達の話になるんだけど、その友達同士でね、本当にユーレイが出るか確かめに行こうって話になったらしいんだ。ちょうど仲間内の一人が免許取ったばっかりで、ま、試運転も兼ねてってことで、男ばっかり四人集めて。普通こういう納涼系のイベントやるなら、女の子も呼ぶものだと思うんだけど、そっち方面には奥手な野郎ばっかりだったんだろうね。
そんなわけで、友達の兄貴の友達――長ったらしいから仮にAと呼ぶことにしよう――は友達のB、C、Dを連れて問題の峠に向かったんだ。その夜は本当に静かな夜で、空には月も出てなかったんだって。少し道から外れたらもうそこは深い穴の奥みたいに暗くて、ただそこに立って風に揺られてるだけの木が、まるで地獄から這い出てきた悪魔が手招きしているみたいに見えたんだ。どお? 少しは雰囲気が出てきたんじゃない?
まるきり肝試し気分だった四人は、そんな雰囲気一つ一つにぎゃあ、とか、うおお、とかいちいち派手な歓声を上げていたんだ、最初の内だけはね。みんなも知ってると思うんだけど、あの道はイジメじゃないかってくらいにウネウネと曲がりくねっていて、とんでもなく距離もあるでしょ。あの道を走るのは昼間だってしんどいのに、まして夜だよ。そりゃ段々と口数も減っていくってものさ。
そうこうしている内に四人の乗った車は事故現場とあたりをつけていた地点の近くまで来た。Aはぶっちゃけ、そんなくだらない事故現場なんかスルーしてとっとと家に帰りてぇよくらいの気持ちになっていたんだけど、それをそのまま口にして残りの三人にビビリ呼ばわりされるのも面白くないから、黙って運転してたんだ。後から聞いたらしいんだけど、その時残りの三人も同じようなことを思ってたっていうんだから、傑作だよね。
最初にその場所を見つけたのは、静か過ぎて寝てるんだか起きてるんだかわからないBだった。急に抑揚のない声で「ここだ」なんて言うものだから、半分眠りかけていたAはハンドル操作を間違えてしまいそうなくらいびっくりした。急ブレーキ。どうしたんだよ、お前起きてたのかよ、ていうかここってどこだよ、なんて、AとCとDは、Bに向かって口々に文句を言った。でもBはまるで気にしてない様子で、こう言ったんだ。
「そこ、ガードレール途切れてる――」
Bが指差す先に三人が見たのは、不自然に途切れたガードレールが作り出しているような不思議な空間で――
そうなんだ。それは、なんらかの原因でコントロールを失ったバスが崖下に落ちていく直前に突き破ったガードレールの成れの果てだったんだ。幸いなことに、あるいは『不幸なことに』かもしれないけど、その傷痕を見てバス事故を連想しない人間は四人の中には一人もいなかった。
「なぁおい、おりてみようぜ」と、どことなくわくわくした様子で言ったのは、四人の中で一番ノリのいいCだった。やっと面白くなってきたじゃないか、とか、漫画だったら言っちゃいそうなシーンだもんね。今までのぐだぐだな雰囲気もどこへやら、少しやる気の出てきた四人は迷わず車をおりたんだ。
それが間違いのもとだったってことにも気付かずにね。
車をおりた四人は、まずガードレールが途切れた所から先を調べてみることにした。ガードレールの向こう側はかなり勾配がきつい斜面、いわゆる崖のようになっていたんだけど、かな無理をすればなんとか下りられなくはなさそうだった。無理をする気になったのは、木が薙ぎ倒されたあとや、削り取られて赤茶けた土の色が剥き出しになった斜面など、明らかなバス事故の痕跡があちこちに確認できたからだ。間違いなく、ここだ。確信はどんどん深まっていった。
どこまでも続くんじゃないかと思うくらい、長い時間傾斜は続いたみたい。下って下って、四人が辿り着いたのは少し開けた台地のような場所だった。誰も何も言わなかったけど、ここが確かに『その場所』だって感じてた。少なくともAは、そう思ってたらしいよ。
手分けして何かないか探してみようってことになって、A達は別れた。ユーレイは見つけられなくても、何か話のネタになるもの見つけて帰ろうぜってノリ。でも、誰がどう見てもその場所は異様な雰囲気を醸し出していたって話だから、あるいは四人が四人とも強がってたのかもしれないよね。
ともあれ、Aは他の三人と別れて辺りを探り始めた。風で揺れる草の音や、自分で踏んだ木の枝の折れる音とかにいちいちビクビクしながら。Aは普段「ユーレイなんていないだろ」って言ってるような人なんだけど、その時ばかりは流石に怖いって感じてたらしいよ。そりゃそうだよね。向こう側に何がいるとも知れない暗闇が怖くない人なんて、そんなにはいないものだよ。
おっかなびっくり事故の痕跡を探し出して数分、Aはこれといった『面白い物』を見つけられずにいた。事故が起こってから結構な期間が過ぎていたから、もうみんな片付けられてしまったんだろうなって、Aは思った。唯一見つけたのは何だかよくわからない金属片だったらしいんだけど、よくわからなかったし、後で三人に見せて色々話そうと思ったので、一応ポケットにしまっておいたんだって。
他の三人はもう既に捜索に飽きてしまったのか、向こう側からはきゃあきゃあとはしゃいでいるような甲高い声も聞こえてきた。なんだ真面目に探してたのは俺だけだったのかよと、Aは急に馬鹿らしくなった。自分も早く合流しようと、声のする方へ歩きだした。
そう、気付いた時にはもう遅かったんだ。
俺達はたった四人きり、しかも男ばかりでここに来たんだぞ?
甲高い声?
あの『集団』は明らかに四人以上、しかも確実に女までいるじゃないか!
気付いた瞬間、Aは走り出した。声のする方と反対の方向へ、あらん限りの力を振り絞って、ただただ走った。がやがや声はまるで耳鳴りみたいに、どれだけ走ろうとも付いて来た。
いつの間にか何も見えないくらいの霧に囲まれていた。どこまで走っても、この台地の終わりが来ることはなかった。
耐え切れなくなってAは叫んだ。意味不明にわめいた。友達の名前を呼び続けた。
助けて。
助けて助けて。
助けて助けて助けて!
やがて、意識まで霧に包まれた。
さて、ここまで聞いてしまった人は三日以内に五人以上にこの話をしないと、この話のAのような運命を辿ることに――って嘘だよ、嘘。そんなオチじゃないから、安心してね。
え? 結局Aはどうなったのかって?
うん、生きてるよ。ピンピンしてる。当たり前じゃん。第一Aが死んじゃってたら、僕は一体誰からこの話を聞いたんだよってことになっちゃうじゃない。
よし、じゃあ続きいくよ。
意識が戻った時、乗ってきた車の中にÅはいた。助手席と後部座席には暢気に眠りこけているB、C、Dの姿があった。空にはもう太陽が顔を出していて、悪い夢が終わったんだと、Aは安堵のためいきをついた。
それからAは他の三人を叩き起こし、あくびをつきながらのろのろと来た道を戻っていつもの街へと帰った。
めでたしめでたし――ってこれも冗談だけどね。こんな終わりだったら最初からこんな話、しないよ。
その出来事から一週間くらい経った後、Aの家に遊びに来た人がいた。あの日Aと一緒に事故現場へ行った内の一人、Bだった。遊びに来た割にBはどこか浮かない顔をしていて、Aは思わず「何かあったのか?」って聞いた。そしたらBは神妙な顔をして「あの夜のことについて、腹を割って話し合わないか」と言ったんだ。
A達はその夜のことをけして話し合おうとはしなかったんだ。帰りの車の中でも、誰もその夜に見たことを話そうとしなかった。確認をしないことで、自分の見たものを単なる夢だってことにしたかったんだ。
「お前は『どこまでが』現実で、『どこからが』夢だったって思ってる?」
Bの問いにAは上手く答えられなかった。それはこの質問におけるBの意図がÅにはよくわからなかったからなんだけど、それにしたってBの口調にはまるで容赦というものがなかった。
「お前も追いかけられたんだろ? 妙な集団に、さ」
Aは迷った挙句、正直に頷くことにした。
「実はCとDにも確認したんだけどな、あいつらも同じだって。もちろん俺もだ」
Aは驚いた。あの妙な夢を見たのは自分だけではなかったんだ。
「でも、これで終わりじゃなかったんだろ」
Bの言葉は確信に満ちていて、Aは『あの後にあったこと』が単なる夢ではなかったことを思い知った。
「野球――させられたんだろ? 妙な連中相手に」
Aは正直にあの夜にあったことを包み隠さずBに話した。
声に追いつかれ、もう駄目だと思ったこと。妙な男に耳元で何事かを囁かれ、いつの間にかどこかのグラウンドにいたこと。男子と女子が入り混じった妙なチームを相手に試合をしたこと。自分は全く野球をやったことはなかったが、勝手に身体だけは動いてくれたこと。試合が終わった瞬間、また意識が閉じていって、気づいたら自分の車の中で寝ていたこと。こんな話をしてもしょうがないから、結局何も言えなかったこと。
「俺も大体そんな感じだ。CとDもそうだったらしい」
自分達が全く同じ夢を見ていたことを知って、Aは今になって急に背筋が寒くなってきた。
なぁ、あれは、夢だったんだよな? なぁ、B。そうなんだよな?
「俺、気になってさ。少し調べてみたんだ。あのバス事故に遭った学校についてさ……そしたら、いたんだよ」
いたって、何が。
「その学校には妙な連中がいたらしいんだ。何でも男子も女子もなく適当に人を集めて、野球部でもないのに毎日野球ばっかやってた連中が」
ぐ、偶然だろ?
「いや、偶然じゃない。お前もあの相手チームを見たんだろ? 男子も女子もない、てんでバラバラなチーム。あんなチームがいくつもあると思うか?」
いや、思わないけど……。
「しかもな、聞いた話だと、そのチームにいたらしき生徒全員がその事故で死んでる」
……。
まさか……。
「あの夜さ、あっただろ。ほら、ガードレールの隙間と、あの向こうにあった、少し開けた場所。あの事故現場っぽい場所……俺さ、少し気になったからもう一度見に行ったんだ」
へぇ、暇人だな。
「そしたらな……無かったんだよ、ガードレールの切れ目なんて、どこにも」
……う、嘘だろ?
第一、その切れ目を最初に見つけたの、お前じゃないか。
「そう俺だ。だから、そんなこと絶対無いはずがないと思って俺、何度も何度も往復したんだ。切れ目なんて、どこにもなかった」
……。
「警察にも確認した。そしたらな、もっと信じられないことを言われたんだ」
……なんだよ。
「あの事故の少し後のことなんだけどな、この辺一帯で酷い豪雨があったの、覚えてるか」
ああ、あれだろ?
あのすげえ台風。
「ちょうど事故のあったあたりはちょうど地盤が緩んでたらしくてな、あの事故の跡は片付ける前に全部……崩れちまってたんだと」
どういう意味だよそれ。
「あそこはな、『あるはずのない場所』だったってことだよ。崖崩れの補修で、ガードレールも何から全部自治体で直しちまったから、あの事故の跡なんて残ってるわけない、第一あのバス爆発現場はあの崖崩れで全部埋まってるはずだ――だってさ」
……。
「なぁ……だから俺はお前に聞いてみたいんだよ。
お前、どこまでが『現実』で、どこからが『夢』だったんだと思う?
――ってな」
やっぱりAはBの問いに答えられなかった。何も話さないAに根負けしたBはその後は何も口にせずに帰った。
Aが答えなかったのは、怖かったからだ。何かを言葉にすれば、それが『現実』になってしまう気がして、何も答えられなかったんだ。
Aの家の机の引き出しの奥には、今でもその夜に拾ってきた金属片があるんだって。捨てようにも怖くて捨てられないし、かといって忘れることも出来なくて、困ってるらしいよ。
この話が嘘か本当かはわからないけど、事故の話も、その後に起きた土砂崩れの話も、一応本当らしいよ。何? 当たり前? 知らない方がおかしい? うーん、僕あんまりニュースとか見ないからさ、疎いんだよ。
しかし、野球だよ、野球。
バス事故で死んじゃっても、友達みんなで野球やってるって、すごいよね。生きてる人たちまで巻き込んでさ。巻き込まれた方にしてみればいい迷惑かもしれないけど、もしかしたら巻き込まれた人の中にも「久しぶりに身体動かせて楽しかったー」なんて人が、いるかもしれないよね。え? そんな人いないって? そうかなぁ。僕なんかこの話を最初に聞いた時、そんな連中と一緒に野球やってみるのもいいかもって、ちょっとだけ思っちゃったもん。
でもさ、例えばだよ。すごくすごく仲のいい友達がいて、その友達と一緒にいつまでも遊んでいられるなら、それはそれですごく幸せなことなんじゃないかって気もするんだ。誰々にとって何が幸せかなんて結局他人にはわからないし、現実なんて嫌なことばかりだもんな。
だから今度暇な時にでも、みんなで夜にその場所に行ってみるのもいいかもね。
みんなで野球をやりにさ。
これで僕の話はおしまい。山場もなかったし、退屈だったかも。ごめんね。
次はもっと怖い話、期待してるよ。