楓の葉が舞い落ちる季節…

旅人は秋の街に身を寄せる…

その心に傷跡を抱いて…








 Written by むつき







「国崎くん、こっちに来て一緒にお茶でもどうだい?」
「…あぁ、済まない」

俺は今、一組の人の良い老夫婦の家に厄介になっている。物置の扉を直し終えたところで、縁側に呼ばれた。俺は首にかけたタオルで汗を拭きながら縁側に座った。

「いやいや…こちらこそ色々と直してもらって…大助かりだよ。ばあさ〜ん、国崎くんにもお茶を〜」
「…居候になっているのだから、これくらいは当然だ」
「ふむ…今時珍しい若者だねぇ」

老人は優しく微笑みながら俺を見た。俺も何とか笑みを作って返す。ふと、以前の俺はこんなんではなかったな、と思う。人が自分のために何かをしてくれることを感じ、そして自分も出来る限りのことをその人のためにする…昔はそんなこと考えたこともなかった。俺は出されたお茶を一口すすってまた少し笑った。俺の頭に浮かんだのは一人の少女…アイツのおかげで俺は…

「…少し、散歩に行ってくる」
「あぁ、気をつけてな」

俺は熱いのを堪えて一気にお茶を飲むとそこに置いて立ち上がった。



俺は紅葉がキレイなこの街の山に登ると、ちょうどいい気分転換になるということを少し前に知った。山と行っても登山なんて大それたものじゃなく、散歩程度に歩いていける程度の高さの山だ。歩いている俺に、ヒラヒラと楓の葉が舞い落ちてくる。俺はそのうちの一つを捕まえてみた…だが楓の葉はスルリと俺の手をすり抜けて地面に落ちてしまった。

「…まるで…アイツのようだな…」

アイツもそうだった。助けようと手を差し伸べた俺の手を…まるで水か何かのようにすり抜けて…落ちていってしまった。何故もっと必死になって助けようとしなかったのだろう、今でもたまに自責の念にかられる。





この小さな山の頂には、この街を見下ろせて、はるか遠くにある海まで少しだけ見えるような場所がある。俺はそこに立ってなんとなく景色を見ていた。そしてポケットから小さな恐竜のキーホルダーを取り出す。

「…女々しいな。まだ俺は引きずっているのか…」

実際女々しいと思う。女性の長いポニーテールを見れば思わず反応してしまうし、似たような声が聞こえるとビクリとしてしまう。何度となくこのキーホルダーを捨てようととも思った。今この場でも遠くへ投げてしまえと叫んでいる自分がいる…だが出来ないのだ。

俺の旅の目的…それは今も忘れていないし、完遂したいとも思っている。だがアイツと会うまで…俺は違う何かも探していたのかもしれない。俺は…何を探していたのだろうか。今となっては答えを導き出すことはできないのかもしれない。

「…何故かな」

口に出してみてはっきりそうだと確信できる。


何故…アイツは普通の…人並みの幸せすら満足に感じられなかったのだろう…


まるですりガラスの向こう側に幸せを見ているような…アイツはそんな奴だった。それでもアイツは最後に言うのだ。
『この夏に…一生分の幸せが詰まってた』

「人の一生の幸せの量が…決まっているわけがないだろう」

確かに一生分とも思えるほどたくさんの幸せを感じられたのかもしれない。だがそれは今まで感じなかった幸せの反動であり、もし、これから先も俺達の関係が続いていくのなら…一生涯、幸せは膨らんでいったはずなのだ…



今日は思ったよりも独り言が多くなって困る。秋の夕暮れ時は、なんとというかこう、センチメンタルな気分になって感傷に浸ってしまう。俺は自虐的に笑って踵を返そうとした…





楓の雨…

例えるならそんな感じ…

俺の頭上から、幾千枚もの楓の葉が舞い落ちてきた…

楓の葉はまるで俺を慈しみ、慰めるかのように包む…

俺はごく自然に口にする…

その名前を…




「みすず」




口にしてしまったが最後、まるでダムが決壊したかのようにみすずとの思い出があふれ出してきてしまった。

太陽そのもののような笑顔…

少し鼻にかかった声…

伸びやかでまるで夏の若木のような肢体…

向日葵のそれよりもずっと美しい髪の色…

まるで風が吹いたら飛んでいってしまいそうな希薄なタマシイの気配…

それでもみすずは幸せを求め、がむしゃらに行動した…俺も…俺だって…

「…」

俺は知らず知らずのうちに…涙を流していた。何も出来なかったことが悔しいのか、もう二度とみすずに会えないことがこの上なく悲しいのか、ただこの秋の雰囲気に流されて涙を流しているのか…どれも正解であり、どれも不正解である気がする。俺は情けなく涙を拭った。そしてもう一度だけ景色を見るために振り返った。そして心に浮かんだことそのままを口にしてみた。





「みすず…さよなら」





深い考えがあったわけじゃない。そこにみすずが見えるわけじゃない。ここはみすずがいなくなった場所ではない。だが俺は確かにそう思ったのだ。だからそれを口にしただけ。

これからも俺は傷つき、傷つけられて生きていくのだろう。それでも俺は進む。どこまでも…俺がたどり着けるその場所まで。


みすず…さよなら…さよなら…さよなら…




楓の葉が舞い落ちる季節…

旅人は秋の街に身を寄せた…

その背に傷跡を背負って…






終わり



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