『私と彼女とカキ氷とキムチともずく』      いくみ






 五月蝿く蝉の鳴く夏の午後、木陰に作った小さな私の素敵テラスにて。食後のティータイムに家庭科室の冷蔵庫に無断で入れておいたキンキンに冷えた麦茶を取り出してきて、理科室から無断で拝借したビーカーに注ぐ。若干、石鹸の匂いが鼻につき、少々苦いがお茶とは元来苦いもので、ならばこの味こそ風流な趣だ、とかは建前で暑い、死ぬ、が本音で、目の前の液体を一気に飲み干す。
 少しだけ体温が下がった気がした。この夏はまた一段と暑く、無駄に虫も多く、湿度も高く、非常にイライラするのだが、それらを全て吹き飛ばしてくれる程の爽快感をもたらすキンキンに冷えた麦茶は、この一杯ために生きてるのだとあくせく働くサラリーマンのアフターファイブが如き気持ちにさせる、なんとも不思議なアイテムだなぁ、と思いながら正面で一所懸命にビーカーつるつるいっぱいにまで入れた麦茶をグビグビと喉を鳴らしながら豪快に飲む少女を眺める。
「ぷはぁー。はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ、ゲホッ、はあはあ」
「……頑張りすぎだろ」
「いやー、めちゃくちゃ喉が渇いてたんスよー」
 あははー、と夏に似つかわしい弾けた笑顔で返されると、「そうか」としか答えようが無く、実際そんな感じで相槌を適当に打ったところで、「そうっスよー」と再び無駄に明るい笑顔で麦茶をおかわりをする彼女は、なんだかすげーアホの子にしか見えない。実際そうだし、まあ、楽しいそうでなによりだ。
「だが、麦茶はそれまでにしておけ」
「えー」
 不機嫌な顔で「なんでだよ、ブーブー」とブーイングまでしくさるこのアホに一抹の怒りなんかを覚えたが、所詮はアホの子。これから起こるおねーさんのスーパーイリュージョンを見てしまえば、途端私を神と崇拝するであろう。葉留佳君を手懐けることなんぞ、赤子の手を捻る以上に容易い。
「まあまあ。これを見ろ」
 色々と物理法則を無視してみた。どこから取り出したかは秘密だ。私の右手にはどでかい氷が一個、「デデン」という効果音と共に登場つかまつっていた。
「おおー」
 パチパチと小さな拍手を受ける。少し気分がいい。
「葉留佳君や、その素敵テーブルの下にある機械をとってくれ」
「この小汚いテーブルの下デスね」
「殴るぞ」
 少し気分が悪い。
「冗談っスよー」
 じょうだん、ジョーダン、マイケル・ジャクソンと謎の唄を口ずさみながらも素直に私の指示に従い、いそいそとテーブルの下から、私が準備しておいたこの夏を乗り切るための秘密兵器を取り出す。
「おおう! 姉御、姉御! こいつはまさか!」
「うむ」
「か、カキ氷作る機械ー! 正式名称知らねー!」
 普段からハイテンションな葉留佳君は、ヒャッホイと更にうざいほどのテンションになり、いい加減黙らせてやろうかとか思ったけども、これを見れば誰でもテンション上がるし、そう仕向けたのは自分で、そのために持ってきたもので、後ほど意外にもたわわな彼女のおっぱいを二揉みする程度で許してやることにした。
「まあ、カキ氷機とかでよかろう」
「よかろう、よかろう。てか、姉御ー、ちゃっちゃと作っちゃいやしょうぜ! はるちんもう我慢出来ないっスよー」
「はっはっはー。この淫乱娘が」
「その発言にはちょこーっとだけ反論したいとこデスけど、今はもう目の前の憎いあんちくしょうなこいつに自分夢中なんで」
「まったく、早漏だな、葉留佳君は」
「いや、意味分かんないんで」
「さて」
 いつものやりとりを一通り終えたので作業に取り掛かる。デデンと現れた氷を機械のてっぺんに空いた穴にぶち込み、蓋を閉める。後は、グリグリと回すのみ。うむ。
「さあ、葉留佳君。超がんばれ」
「いや、私ことはるちんは超か弱い女子高生選手権で去年・一昨年とMVP二年連続でとっちゃうほどの貧弱乙女なんで。今年とったら殿堂入りなんで。か弱い・オブ・ザ・イヤーなんで。つーわけで、姉御ー、お願いしますよー。ご自慢の筋肉でサクっとやっちゃってくださいよー」
「その言い方はどこぞの筋肉馬鹿を彷彿させるので止めてもらいたい」
「あははー、ふぁいとー」
 しょうがない。アホ面で耳をほじくりながら適当に応援してくれている葉留佳君のためにもおねーさんが一肌脱いでやろうじゃないか。元より自分でやるつもりでいたので、別にいいのだが。しかし、葉留佳君も最近は人に頼ることを覚えたようで、まったく悪い兆候だ。お姉さんが後で調教してやらねば。おっぱい五揉み追加。などと、アホな事を考えている間にも、氷はこの灼熱炎天下地獄に晒されており、その肉体は刻一刻と消えていっている。我が腹の中で早々に供養してやらねば、この氷も死んでも死に切れんだろ。
 左手で機械が動かないように支える。右手でグリグリと回す棒(正式名称なんぞ知らん)をがっちり掴み、後はグリグリと回す棒をグリグリと回せば、万事うまく行く。さて、やるか。……あ。
「あー、葉留佳君や」
「なんっスかー?」
「シロップ的なものを忘れた」
「……」
 無言、更にジト目でこちらを見やる葉留佳君。なんだ? 私が悪いのか? そもそも全て人任せな君も悪いだろう。今回は随分と期待をさせた私にも非があるにしろ、その目は少し酷くないか? そんな、まるで全ての悪の元凶が私みたい目で見られると流石の私も傷つかない。うずうずするじゃないか。
「まあ、キムチでものっければよかろう」
「いや、それは、マジで、よかろう、ではないので」
「なんでだ? うまいぞ。キムチ」
「キムチはうまいけど、それを無いでしょ」
「カキ氷キムチ。……特許出願するか」
 我ながら神懸ったアイディアだ。ていうか神だな。もう私が神でいいだろう。神ヶ谷さんと呼べ。誰だ。
「斬新過ぎて誰も真似しないんで取るだけ無駄になると思う」
「……キムチカキ氷も特許出願を」
「順番変えても一緒っしょ。つーか、姉御、結構アホっしょ」
 おっぱい十揉み追加。
「シロップ的なものは後で家庭科室からかっぱらってこればいいか。最悪、もずくもあるしな」
「最悪すぎて無い」
 そろそろ葉留佳君を無視してグリグリせねばマジにこの暑さだと溶けまくりかねないので、完全に無視してグリグリすることにした。右手に力を込める。そして、回す。回す。エンジンは筋肉。ガソリンは麦茶。加速装置は葉留佳君のアホ面応援。自分とカキ氷機が融合するイメージ。息をするようにカキ氷を生産する。とか、カッコイイ風に言ってみたが、所詮はグリグリと棒を回すだけで、ひとつの面白味も無い。早々にこの作業を終了させとっととカキ氷を食いたいぞ、夏の馬鹿野郎。
「姉御! 超はえーっす! 世界記録っス! 今世紀最速っス!」
「わははははははははは!」
「笑いながらカキ氷作る姉御は超こえーっス!」
「うっさいアホ」
 ぬふぅ、と世紀末救世主ばりに筋肉を酷使し、葉留佳君曰く、今世紀最速でカキ氷を作り出していく。なんか、若干おもしろくなってきたじゃないか。どうしてくれる、夏の馬鹿野郎。
「わはははははははは、ってぬお!」
「ぎゃー!」
 で、まあ、調子乗って力入れすぎたようで、私的国宝のひとつである素敵テーブルが骨が折れるような鈍い音をゴキっと立てて盛大に真っ二つに割れたから、大変なことになってしまった。すぽーんとカキ氷機も空に舞い上がったりした。今世紀最速で作られたカキ氷は、たぶん今世紀最速でぶちまけられただろう。製作段階でぶちまけられるカキ氷なんてものは、下手したら世界初なんじゃないだろうか。ふむ。
「良かったな葉留佳君。世界初だ」
「いや、意味分かんないんで。あーもうどうするんデスか! カキ氷ぶっ飛んでるし!」
「綺麗じゃないか。まるで雪みたいだ。真夏の雪。どうだ、ロマンチックじゃないか」
「……」
 つらつらとそれらしいことを言ってみたが、いくらアホの葉留佳君でも今回ばかりは誤魔化せなかったようだ。でも、まあ。
「こんなのも楽しいだろう」
「んー、まあ許してあげるっス。氷被って涼しくはなったし。もうー、はるちん超いい人ー」
「ああ、もう! この美乳めがー!」
 色々な鬱憤が積もりに積もり、最終的に我がセクハラおやじ回路がオバーフローを起こしたらしく、我慢できずに公衆の面前で無いにしろ野外で葉留佳君の両の乳房を自分の両手で揉みしだいていた。ぽよぽよ。
「ぎゃー! 何でいきなりセクハラ!」
「うるさい。黙って揉ませろ」
「いーやーだー!」
「嫌がれば嫌がるほど燃えるって揉んだ」
「なんか今の発言の最後の三文字がおかしい!」
「おっぱい祭りの開催だ」
「一人でやってよー!」
「わははははははは!」
 こんな感じで、今は結構楽しくやってる。

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