宇宙的進化論       いくみ



 モンペチを買いに街まで繰り出していたら、たまたま店に来ていた営業に来年の新製品の候補をいくつか見せられて、鬱陶しいとか思いながらももっと猫の気持ちになった製品開発を求めたり、唐突に値上がりしたことを批判したり、挙句サンプルをもっとくれと頼んだり、を顔なじみである店主を経由して伝えたところ、とりあえず今日はこれで勘弁してください、とまだ開発途中のモンペチサンプルを持っているだけ全部渡されたので、今日はこれぐらいにしてやるということを、店主を経由して伝えてやった。
 若干にやける顔を、隠そうともしないで帰る。既に道は暗い。白熱した議論は予想外に時間を取られてしまったようで、帰りが遅くなるなら連絡、という馬鹿兄貴の忠告をしょーがないので守るため理樹に、遅くなる、とメールだけ打っておいた。迎えに行こうか? と返信が来たが、めんどくさいだろうから断った。あたしも大人になったなぁ、なんて感慨深く思う。いっぱいになった袋を両手にぶら下げる。重い。やっぱり理樹に迎えに来てもらった方が良かったなぁ、なんて後悔する。でも、理樹は人が良すぎるからいつも人の心配ばっかして、多分自分でも気づかんだろうが、すごく疲れてると思う訳だ。そこで、優しいあたしはやっぱりこれ以上理樹に負担をかけたら可哀想だなと思って、やっぱり手伝わせるのはやめようと思った。
 ふわりと右手にぶら下げていた荷物がいきなり軽くなった。最初は、理樹が来てくれたのかと思って、結局こいつはあたしの思いやりなんかを無視して来てしまう厄介な奴だなぁとか、そんなにあたしのことが好きなのかとか、まあ、大事なものだけど持たせてやらんことも無いとか。色々思って振り向いてみたら、そこに居たのはどうしてか二足歩行のデブ猫ドルジだったので「なんだドルジか」と一旦は落胆したのだが、いやいやおかしいだろうと。めんどくさいし、手伝ってくれるらしいので、ここはあれこれ考えず、まあ、荷物を持たせることにした。おまえをあたしのボディーガードに任命する。ぬおー。
「だから、今たべるなよ」
「ぬおー」
 ちょっと悲しそうな顔をしていた。行動がばれて悲しいのか、疑われて悲しいのか。どっちでもいいや。
 二人、じゃないなぁ。一人と一匹で夜道を歩く。昔のドルジを思い出す。思い出すほどにやっぱりおかしいこいつの体型。出会った時、既にこのデブっぷりだった。恭介にこいつ本当に猫か? って聞いてみると、お前はどう思う? と質問を質問で返されたので、猫っぽい、と答えた。じゃあ、猫っぽいから飼っとけ、という結論に達した。折角、珍しく二人、もうめんどうだから二人でいいや。二人だけでこうして歩く機会が出来たのだ。まあ、聞きたいことは沢山ある。
「なあ、ドルジ」
「ぬお?」
「お前猫か?」
 あたしの質問が理解出来たのか、ドルジはサムズアップして答えくれた。それは、俺猫だぜ、っていうことなのか。そんなことはどうでもいいんだぜ、ってことなのか。よう分からんから、猫っぽい、ということでひとつ。
「なんでお前は今、二足歩行なんだ?」
「ぬおー」
 辛く厳しい訓練の賜物なんだぜ、ということをその緩い顔を劇画タッチにすることで伝えてくれた。それにしても気持ち悪い顔だ。もう今後はその顔をしちゃダメだぞ。理樹なら泣いて逃げ出すから。だから、めっ、だぞ。ぬおー。いい感じに会話のキャッチボールが成立した。
「はるかあたりにはドルジを見習ってほしいな」
「ぬおー」
「あいつはうっとーしい上に、人の話を聞かないからな」
「ぬお」
「ドルジもそう思うか?」
「ぬおー」
 満足いく回答に笑った。最近は新しく増えたカネツグに付きっきりだったから、こいつには寂しい思いをさせていたのかもしれない。明日は目一杯遊んでやろうなんて思った。
 と、ドルジが自分の腹の辺りを弄る。何をしているのか、はてな顔で見ていると、腹から煙草とライターが出てきた。慣れた手つきで一本取り出し、口に咥える。シュボっと、これまた慣れた手つきで火を着ける。ふぅー、っと白煙が空に広がる。ビンタした。
「たばことか吸うな」
「ぬおー」
「泣くな。でも、たばこは体に悪いんだ。お前のためを思って言ってるんだ。つーか、どこで拾ったんだ」
「ぬおー」
 諦めたのか、地面に投げ捨て足で火を消す。ビンタした。
「ポイ捨てするな」
「ぬ、ぬおー」
「泣くな。でも、お前のためを思って言ってるんだからな。つーか、ヤンキーか」
「ちっ」
「あ、今舌打ちしたな。ふざけんなー」
「ぬおぬおー」
 走って逃げるドルジ。デブのくせにやたら速い。追いつけない。なんてこった。
「まて。まって。まってよー」
「ぬお?」
「お、置いてくな」
「ぬおー」
 しょうがないなぁ、というジェスチャー。むかつく。けど、待っててくれてありがとう。
「おまえはあたしのボディーガードだろ」
「ぬおー」
 ポンっと手を着く。そうだったー、と頭をぽりぽり掻く。おまえ、本当に猫か?
 シュボっ。バチン。ぬおー。と、その後も、ドルジが煙草を吸おうとしたり、あたしがビンタしたり、手をつないだりして夜道を歩く。暗い夜道は、実は怖かったりする。街灯だけの明かりとか、暗すぎるだろう。嫌なんだよ。本当は理樹に迎えに来てほしかった。そんなわがまま言えなくなったのは、あたしが大人になったからかな。理樹が大人になったからかな。どっちでもいいや。考えるのがめんどいぞ。
 色々考えてると、ピタリと、ドルジが止まる。
「どうした?」
 つないでいた手を離す。何か変な電波をキャッチしたのか、キャッチしようとしてるのか。両手を空に掲げだした。
「こわいぞ。やめろよ」
「ぬおー」
 それでもやめないドルジ。マジで変な電波に汚染されたのか? ドルジー。
「え? うわ!」
「ぬおー」
 いきなり、太陽が目の前に現れたみたいな。眩しくて目が開けられない。咄嗟にドルジを守ろうと、ドルジの前に立ったが、グイと押しのけられる。なんとか、目を開けて周りを確認する。光り輝く丸い球体が頭上に浮いていた。なんじゃこりゃ。しね。ていうか、マジで変な電波キャッチしてたのかー。
 なんか降りてきた。ぬおー、とか言いながら降りてきた。あたしの目の前に降りてきた。光が弱まる。正面に立ってるそいつは、色違いのドルジだった。
 いきなりの事態に唖然とする。意味分からんぞ。まあ、お近づきの印に、とモンペチを一つ渡した。訝しげに見た後で、色違いドルジがドルジに何これ、って顔を向ける。ドルジはサムズアップして答えていた。すると色違いドルジもサムズアップした。折角なのであたしもサムズアップした。友情が生まれた。
「ぬおー」
 色違いドルジが上の球体に向かって鳴く。すると、球体が再び光り始める。今度はなんとか目は開けられる程度の光。色違いドルジが球体へと吸い込まれていく。おお、意味分からん。ついでにドルジも吸い込まれていく。ぬおー、とか言って吸い込まれていく。手を振っていたので、あたしも手を振ってみた。意味が分からんぞ。
 二匹とも吸い込まれたところで、球体が激しい光を発した。目がー。目がー。痛くて擦る。なんとか痛みもおさまったところで、目を開けると、既に球体は消えうせていた。ドルジもいなかった。星に帰ったのだろうか。なんだ星って。とりあえず。
「モンペチ返せー」
 たぶん、一週間分はあったモンペチを持ってかれた。
 




 次の日。
「ぬおー」
「ぬおぬおー」
「おおっ!」
 色違いのドルジが増えていた。モンペチ返せ、と頭を小突いた。劇画タッチの顔を二匹にされたので、走って逃げた。

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