帰ってきた恭介が突然言い出したバトルランキング。驚きはしたけれども誰も嫌がったりはしなかった。どんな無茶なことだって面白くできるのが恭介であり僕らリトルバスターズだ。バトルだからちょっとは危ないこともあるかもしれないけれど、大変な被害なんて起きるはずがない……そう信じていた。

「宮沢さんですか。がんばります」
「はは、お手柔らかに」
「クーちゃん、がんばって」

 ポイッ

「よっ。小毬さんありがたくいただきます」

 投げ込まれた武器を見た時は誰もが謙吾の勝利を確信していた。その時のクドはランキングの上位にいたけれどそれはストレルカとヴェルカの力があってこそのもの。2匹が昼寝している時点でクドは勝ち目がなかったはず。けれどその時は誰一人知らなかった。クドがそれを使った瞬間それはただの武器を超えてしまった。謙吾をそしてこの戦いを観戦していた多くの人の精神がそれによって破壊された。これはのちに『白い破壊神事件』と呼ばれ、使用を禁止されたある武器をめぐる悲しい記憶である。





 小毬さんが投げ入れたミルクバーはあまりにも危険なものだった……







対男子(一部女子含む)用殲滅兵器くどりゃふかまーくわん
〜このわんは数字と犬の鳴き声をかけた高度なギャグなの(プロフェッサーK.I談)〜
     おりびい







「いくぞ」

 謙吾の最初の一撃でネットにもがき苦しむ姿を見ているともう勝負は見えていた。たとえ謙吾相手でももっと強い武器だったら勝てるかもしれないけれど、食べ物で勝つなんて無理だと思う。クドも投げ込まれたのが食べ物なのを見て少しとまどっているみたいだ。

「えっとこれは食べればいいのですか」
「食べちゃいなよ、ゆー」

 クドは全体的に小さい。当然その口も。そんなクドにはそれは少し大きいみたいだ。だから丸呑みするのはあきらめてその小さな舌でなめとろうとした。



 ペロッ



 えっと、今のは何だったんだろう。バトルには十分なスペースが必要だから観客は10メートルほど離れている。それなのにまるで僕の耳元でなめたような生々しい音が聞こえた気がする。ネットをかぶせられて身動きが困難な中、わずかに動ける部位を使ってそれをなめる。特別なことでないはずなのにそれはなぜかものすごく……えっと、あの、その、エ、エッチだった。ああ、真面目に謙吾に挑んでいるクドをそんな風な目で見るなんて僕は最低かも。後悔しながら少し周りを見ていると、まるでここだけ音が消え去ったように静まり返っていた。そんな状態が2,30秒ほど続いた。



「エ、エロ」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!」



 僕の知らない生徒の一言をきっかけに、学校どころか町中に響き渡るような叫び声があげられた。

「お、俺は今一体何を思った!」

 ドスドスドスドス

 この光景に衝撃を受けたのは僕だけじゃなかった。中でも対戦相手の謙吾は特に衝撃が大きかったらしい。何かを反省するように地面に自分のこぶしを打ち付けている。あまりの威力に謙吾のこぶしからどんどん血が流れていく。自分を傷つけようとしている謙吾の姿が見てられず駆け寄ろうとした僕の肩に手が置かれる。

「待て、理樹。バトル中は二人以外は立ち入ってはダメだという約束だろ。それに今お前に助けられてみろ。謙吾のプライドはもうどうしようもないくらい砕けてしまうぞ」

 恭介の言葉にはっとなる。そうだ、今謙吾を助けても謙吾は喜ばない。僕にできるのは謙吾が勝利することを信じることだけだ。どちらか一方に肩入れなんてしたくはないけれど、今ばかりは謙吾の方を応援してみようと思う。ありがとう、恭介。それに気付かせてくれて。でもね、恭介僕は今そのこと以外にもう一つ大事なことに気付いたんだ。どれだけかっこいいセリフを言っていても、クドの様子を見て鼻血を流しながらだとかっこ悪くなっちゃうんだね。





「や、やべ。ちょっと部屋戻って少し抜いてくる」
「おい、我慢しろ。今ここでちゃんと見なければ後悔するぞ」



「お前、部室へ戻ってカメラ取って来い」
「嫌です」
「こんな貴重な映像を逃してどうする」
「そう言うのだったら自分で取りに行って下さい」
「馬鹿野郎。そんなことしたら俺だけ見れないじゃないか」



 パァーン

「い、今何て言っての。次回は百合同人でいくなんて」
「ごめんなさい。今だから言いますけれど私本当は女の子を描く方が好きなんです」
「だったら、今までなんで」
「それは……お姉さまがいたから」

 ポッ



 グラウンド周辺は混乱していた。最初の叫び声をきっかけに徐々に人が集まり、ひょっとしたら全校生徒がこの戦いを見ているのではないかというくらい人があふれかえっていた。クドがミルクバーをなめたり、少し溶けて小さくなったミルクバーを口に含むことの衝撃は相当大きいらしく、様々なドラマが繰り広げられていった。

「なんだかすごいことになっていますね」
「謙吾君どうしたんだろう。お腹空いていたのかな」

 この混乱の原因……ひょっとしたら元凶の方が正しいのかもしれないけれど、小毬さんは何でこんなことになっているのか全然気づいてないようだ。でも説明もしづらいことだしどうしよう。

「いやはや、小毬君の発想は恐ろしいものがあるな。このような手があったとは。今度またこの手を使ってみよう」
「直枝さん、またいつか恭介さんと戦う時が来たら必ず投げ入れますから。ぜひ受け取って下さい」
「受け取らないから」
「直枝さんが受け取らなかったら落ちて食べられなくなってしまいます。食べ物を粗末にするのはいけません」
「食べ物で戦うのが一番粗末にしているから」
「細かいことを気にしてはいけません」

 いつの間にかリトルバスターズのみんなで固まって観戦していた。恭介はこの光景を一瞬たりとも逃さないくらい目を大きく見開いている。真人はちょっと複雑な表情で謙吾の様子を見ている。鈴や小毬さんはよくわかっていないらしい。来ヶ谷さんと西園さんは何かを考えているようだ。葉留佳さんはちょっと意外かも。顔を少し紅くして恥ずかしがっている。こんな様子にもみんなの特徴が出ててちょっと楽しい気がする。

「どうした、理樹。何だかこうもやーとっした顔しているぞ」
「鈴君、それは違うぞ。この場合は萌えーっとした顔の方が正しい」
「そうなのか。じゃあもえーっとした顔だ」

 うわあっ僕そんな顔していたのか。謙吾を心配しているようで、やっぱり無意識にクドを見て興奮していたのだろうか。そう考えるとこれだけ騒がれているのに落ち着いている真人はすごいと思う。

「真人はその、クドを見て何とも思わないの」
「ひょっとしたら今この場にいる男子の中で真人君が一番落ち着いているのは。しかしこの場合むしろ落ち着いていることの方が問題か」
「ライバルに対する複雑な感情を内に秘め第三者との戦いに勝利するのを信じる……井ノ原さんに対するポイントを少しプラスしておきます」
「おい、何だか俺のこと変な風に思ってないか。俺だってなんで今クド公が騒がれているかわかるし、今のクド公をちょっとエロいなとか思うぜ。ただ俺は謙吾みたいなむっつりじゃねえってことだ」
「たしかに、以前よりはずっと良くなったとは言え元々謙吾は自分のうちに溜めておくタイプだからな。もう少しこっち方面の話でもオープンになった方がいいと思うけれど」
「はあ……ですがあちらの方みたいになられるのもどうかと思いますけれど」
「私には何も見えません」

 その言葉を聞いて僕は葉留佳さんが目をそらした方に目を向けた。

「あぁぁーん、クドリャフカ。あなたは最高よ。お願い、佳奈多さんてちょっと切なげに言って」
「わかりました。か、佳奈多さん」
「いいわ。クドリャフカ。あなたを食べさせて」

 今この場で一番クドに夢中になっているのはどう考えたって佳奈多さんだろう。どれだけ混乱してても他の人はある程度距離をとることだけは守っている。超至近距離で写真を撮りながら様々な要望を口にしている。ここにいる誰もがクドの様子に色々思うことがあると思うけれど、それでもさすがに佳奈多さんの様子にはドン引きしている。そんな話の間もバトルは進み、謙吾は意識をしっかり保とうと頭を地面に打ち付けていた。





『ああ……古式か。すまない。どうやら俺はお前のことを忘れて……えっ!? 自分の思い違い……武道ばかりやってて男を見る目がなかっただって』

「うおおおおい! こんな理由で成仏しないでくれ!」

 地面にガンガン頭を打ち付けていた謙吾が前のめりに倒れそうになったとき、ついにこの戦いに決着がつくのかと思った。しかし終わらなかった。謎の叫び声をあげ謙吾は再び立ち上がった。

「負けられない。絶対負けられない理由が俺にはある。たあーっ!」

 謙吾はそう言ってクドに絡まっていたネットを力いっぱい引っ張った。その威力でクドはまるでコマみたいに回され手にしていたミルクバーを空中へ手放してしまった。

「かっ……」

 ペチャ

「わふー。気持ち悪いです」

 放り投げられたミルクバーは奇跡ともいえる絶妙な角度でクドの胸元の隙間に入り込んだ。取り除こうとボタンを外している暴れているうちにクドは謙吾のそばで倒れこんだ。



 再び会場が静まり返ったようになる。あまりのことに頭が付いていけなくなっているけどがんばって状況を整理してみる。クドの胸元は少し開かれ、口の端と胸元そして取り除こうとしているうちに手にも少しミルクバーの白い液体が付いている。クドは気持ち悪かったのか少し涙目になっていて、地面にペタンとなって謙吾を上目使いに見ている。それは謙吾はもちろんだけど周りで見ている僕らにも威力が大きすぎた。ようやく頭が追いついた瞬間激しい衝撃が体中を駆け巡る。謙吾だけでなくその場の多くの人に測定不能のダメージを与えたそれによって、僕は、いや僕たちは意識を手放した……





「しょーごー・ふぉー・ゆー! とぅーゆー! なのですっ」



 謙吾は『女房に逃げられた旦那』の称号を得た!



「うおおおっよりによってそんな称号!」
「ちょっと待って!」

 僕の止める声も聞こえないかのように泣きながら謙吾は駆け出して行った。まだ昼休みとかはもうでもいいらしい。

「これはあまりにも危険すぎる。能美、いや能美だけじゃなく全員に言う。今後ミルクバーは使ってはならないぞ。いいな」

 真剣な目で恭介はそう宣言する。でもやっぱり鼻血を流しながらだときまらないよね。

「それとこんな危険なことをした能美をほっておくわけにはいかない。特別に称号をつける」
「はあ、なんだかよくわかりませんけれどわかりました」

 クドは『白い破壊神』の称号を得た!














































 翌日恭介と鈴の戦いに小毬さんが投げ込んだ魚肉ソーセージが、再び大きな悲しみを生むことになったけれどそれはまた別の話。




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