地雷原の歩き方        通りすがり





【第一部】


《マイベストフレンド》


 大学入学前に配られるテストとかどーでもよくない?
 みたいな感じでテキトーに流したら配属されたのは一年八組。ぶっちぎり最下層のクラスでさながら珍獣大集合のサファリパーク。鼻輪とか耳輪がぶら下がってる人いるし針が唇を貫通してる人いるしでギョエルピーて思わず叫んだ。髪型もなんか凄くてトサカがあったりもっこりしてたり爆発してたりでプヒヒルプーて思わず笑うみたいなことしてたらなんか知らない間に珍獣たちの間で派閥ができててハブられてて…気がつくと私は食堂近くの女子トイレの個室で350円のデラックス中華弁当食べてる。
 はるちん大ピンチ!
 ひーん。
 て泣きながら便所飯。シューマイがぱさぱさしててまずい。シューマイまで私をいじめるなんてひどいよーヨヨヨ。マイベストフレンドのから揚げを箸でつまんだら滑って落ちてトイレの床にひゅーストン。扉と床の隙間から転がり出て…ぶふーぷすすす!ってみんな外で笑ってる。私の友達を馬鹿にするなー!なんて言えるわけないじゃーん!とチキって黙ってたのにドンドコドココ!て扉が蹴られる。「中に入ってるやつ出てこい!」。ふひひーんて泣きながら、私は鍵を外して扉を開ける勢いでそのまま倒れ込んでドドドドドッ土下座。
 土下座る私にはそこに立ってる子の細くて綺麗な足しか見えなくて、靴舐めろって言われたらペロリンコだからシメるのだけは勘弁してケロな感じだった。「顔上げろ」とドスの効いた声が降ってきてシメ確定!ひーん!な私が顔をぐいーんと上げるとそこには…全国の不良を束ねる伝説の女番長。
 を演じる西園みおちん。が悪魔的な微笑を浮かべつつ「落ちてたぜ、これ」と男前な声で言ってハンカチに包んだから揚げを私に差し出してくれる。その背中にぺかーんと光が射して見える。震える親指と人差し指でマイフレンドのから揚げをレスキューして私はうひひひひーん!と号泣する。「ひとまず食堂に行きましょう」と七色の声を操るみおちんが言って踵を返したので後を追う。
 から揚げはゴミ箱に捨てた。
 マイベストフレンドはみおちん!

 みおちーとは入学式からずっと会っても連絡取ってもなかった。パソコンからメール送ったらメーラーダエモンて外人が英語でペラペラペーラと返信してくるから怖くなって送るのやめた。電話したらプルルールガチャ「おうおう俺の女に手ェ出すつもりかコラ!」「ヒヒッヒィィィィ!」ガチャリコ!ツーツーツーツー。てなもんで怖くなって電話もやめた。てことを涙混じりに話したら「おうおう俺の女に手ェ出すつもりかコラ!」と言ってみおちーはぷすーこ笑う。「そ、その声はー!」。怒りが有頂天な私は「メーラーダエモンさんと協力して私を騙したなー!」と大激怒。「…メーラーダエモンさんですか?」とみおちーはすっとぼける…が心当たりがあるらしく(当たり前じゃー!)納得したように頷く。そんで「いいですか葉留佳。それは《MAILER-DAEMON》と言いまして、宛先を間違えてメールを送ったときに自動で送り返されるエラーメールの…」とか何とか言ってるけど聞く耳持たないので聞こえなーい。言い訳なんてはるちんは聞きたくないのだ…てそういえば思い出した!みおちーだけじゃなくて他の友達にメール送ってもメーラーダエモンがペラペーラなのだ。メールボックス開いてもダエモンさんばっかり!みんな揃って私を騙してるのだ。ひーん!
 と傷心な私が顔を上げるとみおちーはいなかった。
 プリズバックトゥーマイミオミオ!
 とシャウトしたら周りの人たちがぶひーぷぷぷ!と笑うもんだから私はさらに惨めな気分になる。今気づいたんだけど私の両隣の席も両斜め前の席も対面の席も誰もいない。私はマインスイーパで地雷の数を示す数字(8。全方位)か!て意味の分かんない突っ込みを入れてみる。お前らみんな徹夜で上級コースに挑戦して最後の二択で地雷踏んでしまえ!と心の中で毒づきつつぼんやり向こうのパン屋見てたらそこには…トレイ持ってる爽やか系の超イケメン。
 と楽しげに会話してる西園みおみお。
 ギャー!と私は立ち上がってムンクの叫びになる。椅子が後ろにドンガラシャーで食堂の空気が凍ってみんなが私を見てる中、みおみおも露骨に嫌そうに目を細めて私を見る。あ舌打ちした。私はいただきます的に手を合わせてゴミーンて謝りながらレレレのおじさんダッシュ。イケメンがすたこらささーて逃げ去って、それとは別の方向に逃げようとするみおみおの襟首をつかんで引き寄せグヘヘヘヘー!て何やってんだ私。
 とか色々あって図書館の一階で仕切り直し。早速机越しにみおみおの両肩揺さぶりつつ「さっきの誰?誰?彼氏か?彼氏なのかー!?」(私語厳禁は二階からなのでこんぐらい騒いでもオールオーケーなのだ)。みおみおは前後左右にぐらぐら揺れながら「お友達です」と冷静に切り返してくる。「証拠を見せろー!」。「さっきのは同じクラスの方です」。揺れまくってるせいで語尾がですすすすに聞こえる。ぷくくー!とか笑ってる場合じゃない。「パンをご馳走してくれるとのことでしたので、お言葉に甘えただけです」と言ってから何かに気づいたようにつけ加える。「ちなみに、お言葉をタイプミスすると男場になります」。そーですか。
 という会話から分かるように西園みーみーはリア充になっている。私はぐぬぬぬとうなって「いつの間にそんな子になったんだー!お母さん悲しいぞよ!」と一発説教かましたる。みーみーはためいきを漏らすと旧式の携帯をパカッてやってパチポチいじって画面をぐいーとこっちに。そこに映っているのは…いちにーさんしーごー六人のイケメン。
 と一緒にいる神北こまこま。
 がカメラに向かってブイサイン。
 ウギャギャギャギャー!と怪獣化した私に「これが現実です」とみーみーは言う。「あわわわわわわ」と私はろれつが回らない。みーみーは「ふええー?みんな優しい友達だよー?」とこまこまの声を真似て可愛らしく身をくねらせる。「だそうです」
「それからこれは極秘情報なのですが」とみーみーは人差し指を自分の唇に当てる。すすーいと隣に寄ってきて私の耳にゴニョリーリョ。話が進むにつれて私はギャピー!とかピンポロパー!とか心臓に電気ショック与えられたみたいになって体が跳ねる。でまぁぜんぶ聞き終えた私は…うつろな瞳で口からエクトプラズム吐き出しながら泡吹いてる。
「刺激が強すぎましたか」と言ってみーみーはごほんと咳払い。「なんだ美魚君か」と今度は姉御の声で喋る。もう聞きたくないよー。ひひーん。どうせ姉御もモテにモテにモテ倒してるんだろばーろー!とか思うけど何を言う気力もない。
「美魚君よ……どうして私はこんなに駄目なんだろうな……ふふ……最近はアパートで一人さみしく酒盛りをやっているよ……滑稽だろう笑えばいいさ笑いたまえよあーはっはっはっは!はうあうあうぅぅぅぅぅ!ひっくひっくうぇーん!」
 ギャヒー!別の意味で私のハートがズッキリーニだ。更なる深手を負った私をチラ見したみーみーは「これはフィクションですので実在の人物には関係ありません」と盛大にブン投げた。
 てな具合に余裕たっぷりな西園みおきち。が癪に障ったので忍者的に背中に回り込んで両胸をわしづかみ!することはペタンコすぎて物理的に無理なのでうりうり揉んでみた。のも束の間で蛇みたいな動きの鋭い手刀が首筋にどっこん命中。と同時に意識がぽわーんとなってありりりりー?と千鳥足の私は図書館の床にぶっ倒れた。おおお立ち上がれない。頭の中がぐるんぐるんぐるーん。駆け寄ってくるみおきち。
 あ白。


【第二部】


《メーラーダエモン》


 ボロアパートの一室でノートパソコンぱちぽち叩いてたらピンポロパーンとチャイムが鳴る。私はマインスイーパ(中級)を終了させて立ち上がる。どうせ来客なんて郵便か新聞勧誘か宗教勧誘かに相場が決まってんだよバッキャローと思いつつ「はいはいはいはぇー」とやる気ゼロでドア開けたらそこには…マイベストフレンドの西園みっちーが立っている。
 予想外ガイ・ナイスガイな展開に私は思わず「パードゥン?」とか言っちゃう。正確には語尾が伸びまくって「パードゥゥゥウン?」てな感じなんだけど、何故かみっちーの隣には正体不明の真っ黒くろりんが立ってたもんだから「ゥゥゥウ」の部分が突然変異を起こして「ゥゥゥウォウ、ジーザス」になる。
「みっちー、この人誰?」と言ってから気づいたけどこれ人なの?確かに人の形はしてるけど。
「メーラーダエモンさんです」
 誰だよ。
 とか思うけどみっちーの友達だからテキトーなことはできない。「ボロッチョな部屋ですがゆっくりしておくれやすー」と言いつつ二人を招き入れる。家に友達が来るのは久しぶりだ。前に来た女の子は骨董品に詳しくてはるちんに壺を格安で売ってくれた。壺の妖精アンタ・アフォーがいつも私を見守ってくれてるんだってー!ウヒョヒョー!
 ところでメーラーダエモンさんてどこまで苗字でどこから名前なんだろう。メーラー・ダエモンでいいのかな。メー・ラーダ・エモンだったらハーフっぽい。サスケ・ゴエモン・エビス丸〜。ていうかそんなことどうでもよくて…そもそもこの人顔ないし!なくはないけど上から下まで真っ黒なんだもん!
 畳の上で向かい合ったまま誰もなーんにも言わないので「えーととととー。三枝はるちんです!みっちーの親友やってますヨ!」と私は超フレンドリーに挨拶してみる。恥を捨ててポーズも決めてみる…のにダエモンさんは無反応。でなんか二秒後ぐらいに「ハイ」とか言う。はるちんの全力渾身フレンドリャーの対価はたったの二文字なんすかー!アホーアホーアンタ・アフォー!「えーと、よろしくなのですヨ」。「ハイ」
 しーん。
 ムキー!おみゃーはRPGゲームの町の住人かー!ていうかみっちーは何で助け舟出してくんないの?私たち友達じゃないの?みっちーとダエモンさんも友達でしょ?プリズヘルプミー!
 そしたらいきなりダエモンさんがみっちーをどーんと押し倒した。意想外ガイ・ナイスガイ。とか言ってる場合じゃなーい!ダエモンさんはみっちーにのしかかる。しかも真っ黒な両手で首を絞め始める。ウヒョエアー!助けないと助けないと!って思うのに体が動かない。なじぇー?
「葉留佳君、西園女史を助けたいか?」とダエモンさんが姉御の声で言う。わけ分かんないけど「当たり前田のクラッカーじゃー!」と叫ぶ。「どうしてなのですか?」と今度はクド公だ。「私とみっちーは友達なんじゃーい!」。「友達だから助けるのか?」と鈴ちゃん。「そーだ!何度も言わせんな!」。「葉留佳、自分の体見てみなさい」とお姉ちゃん。
 で慌ててそうすると私の手足には鎖がじゃらりんこ。振り返ると畳に杭がずこーと刺さっててそこに鎖の一端が結びつけられてる。何これ何これ!
「はるちゃん、《役割》に縛られてるよ」とこまりん。「何それ何それ意味分かんない!」。「《友達》だから助けるの?《友達》だから《助けるべき》だと思うの?」。そんなわけあるかこまこまのバカヤロー!私はいつどんなときでもみっちー助けるっての!場の空気なんか知るか!私はみっちーの《友達》を演じてなんかいないんじゃー!
「だったらさ。自分を縛る《役割》なんて捨てちゃいなよ、ゆー」
 上等じゃー!と思った瞬間に私を縛る鎖がドンガラグッシャ!しゃオラーとメーラーダエモンを突き飛ばすためそいつの体に触れようとしたら…まったくぜんぜん手応えがなくて私は勢い余ってダエモンの中にひゅるるるるるる!


《マインスイーパ》


 あくびしながら背伸びしてみたら空にニコチャンマークが浮かんでた。
 比喩じゃなくて本当のマジのガチに浮かんでた。
 あくびで開いた口から「うそーん」って言葉が飛び出す。
 私の視線の先に四方を高い柵に囲まれた広大な敷地がある。でなんか地面が将棋盤か碁盤みたくなってる。んでよく見たら一番上の列にAからPまでのアルファベットが…んで一番左の列に1から16までの数字が振られている。
 あっそ。
 だから?
「ポイントを指定してくりゃれー!」
 誰だよ。
 と思ったらなんとニコチャンマークだった。
 私はなんか高台みたいなとこにいて周りを見ても他に誰もいないし…ニコチャンはやっぱり私に言ってるみたいだ。えーはるちんめんどくしゃーいとか言おうとしてふと気づく。敷地の中に誰かいる。
 あ。
 西園みーすけ。
「ポイントを指定してくりゃれー!」
 やっかましー!
「Cの8!」
 思いついたままに怒鳴ってやる。
「ほっほほーい!」とクレしんのしんちゃんを真似るニコチャンの顔がいきなりダメそうな顔に変わる。目がバッテンで口もへにゃーみたいなもんだ。
 閃光。
 ドッカボコーン!と敷地の内部が大爆発。
 マイベストフレンドのみーすけが炎に呑み込まれる。
 黒煙が晴れたとき、みーすけの姿は跡形もなく消えていた。
 私は頭を抱えて「いやーっ!」と金切り声を上げる。
「何これふざけんな!みーすけを返せ!」と半狂乱で叫んだらダメチャンマークがニコチャンマークに変わって…敷地が綺麗さっぱり元通りになってみーすけも戻ってきた。
 そんで何事もなかったみたいに。
「ポイントを指定してくりゃれー!」
 二度と言うもんかアホー!と固く心に誓う私の隣に何故か神北こまこまがいて両手でメガホン作って「Bの3!」
 ギョピエー!
 てなったけれど今度は爆発しなかった。その代わりに指定したポイントの地面がひっくり返って数字が出てきた。なんだあれ。よく分かんないけどみーすけは無事だ。
「こまこま、今のどうやったの?」
「え。勘」
 勘かよ。
「はるちゃんみたいに最初の一発で地雷を踏んづける方が難しいよ」。ぐぬぬー。しばらく見ないうちに生意気言うようになったもんだ…て感慨深く思ってたらこまこまがまた手でメガホン作ったのですかさず首筋に手刀をお見舞いする。ごふぁと言ってこまこまが倒れる。
 で気絶から復活したこまこまは開口一番「ひどいよ〜はるちゃん」と言って泣く。「こまこまが余計なことしようとするからですヨ!地雷踏んだらまたみーすけ燃えちゃうじゃん!」。「でもそうしないとみおちゃんには近づけないよ。地雷踏んだらまた出直せばいいんだよ」。「えー。こうなんか透視装置使って一発クリア!みたいなのはダメ?」。こまこまは人差し指を立てて「だーめ。透かして見るなんてことは誰にもできません。一歩ずつ進みましょう。頑張ってできるだけ地雷を避けて進みましょう」とセンセーみたいなことを言う。
 こまこまはそれからいくつかポイントを指定して出てきた数字を見て何かぶつぶつ言いながらまたポイントを指定する。その繰り返し。私はこんな感じのちまちましたこと大嫌いだし、なんか先輩風吹かしてるこまこまがちびっとむかついたので「Gの12!」と何も考えず叫んでやる。そしたらこまこまが「はわー!そこはー!?」とか慌て出す。いい気味だ。地雷踏むことを怖がってて誰かと仲良くなんてなれるかばーろぃ!と私はさっきまでの自分を思い切り棚上げしてやる。
 そんで私は案の定一発で地雷を引き当てる。
 閃光。
 ドギャボカーン!
 炎上する敷地と消えるみーすけ。
「はるちゃん、わざとやってないよね?」とこまこまは呆れ顔。
 違うもん違うもん違うもーん!
 ひーん!


《アンタ・アフォー》


 でんでろでろでろ・でろりがでんでん。

 ふと思い立って薄暗い部屋で壺を磨いてたらそんな音楽が鳴り始めた。
 面白くなってきて倍速でゴリゴリ磨く。

 でんでろでろでろ・でろりがでんでん。
 だらすかぼんぼん・だらすかぼんぼん。
 だらりごうんちゃか・だらりごうんちゃか。

 そんで三倍速ぐらいで磨いてるとちゃんちゃかちゃらりー!と一際でかい音が鳴り響いて壺の中からぼわわわわわと煙が噴出。火災報知機が誤作動するがなー!とか思ってたら意外とあっさり煙が晴れてそこには…壺の妖精アンタ・アフォー。
 の顔はどっからどう見ても西園みおのすけ。
「みおのすけ!?」
「アンタ・アフォーです」
「ムキキキー!アホとは何じゃー!」
「アホではありません。アフォーです。アンタ・アフォー」
 ウッキー!全部アホに聞こえる!何これナチュラルにむかつくんですけど!
「…んで何の用なの?私の願いでも叶えてくれるわけ?」
「意味が分かりません。むしろわたしが叶えてほしいぐらいです」
「あんた絶対みおのすけだろ!」
「アンタ・アフォーです」
 ウッキキー!こんなのに毎朝祈りを捧げてたかと思うと泣けてくる。
「でさ、アフォー」
「アホはあんたです」
「あんたも聞き分けられてないじゃん!」
 とまぁ実に不毛な言い争いの果てにアフォーは「まぁいいです。折角出てきたからには、あなたの悩みを聞いてあげましょう」とか言う。「待ってましたー!」と言って指笛吹き鳴らし拍手しまくるとアフォーはむちゃくちゃうっとうしそうな顔をする。けどそんなの知ったこっちゃないので「はるちん大学に友達いないのですヨ!みおのすけだけ!」と興奮気味にアフォーの手を取る。アフォーは「そうですか」と興味なさそうに目を細める。「そうですかじゃなくて!哀れなはるちんに救いの手を!」。アフォーは「どうしてですか」と言って私の手を振り払う。「だって悩み聞いてくれるって言ったじゃんよー!」。「聞いてあげました」。「聞くだけかよ!」。「だけです」。ドガガーン!はるちん超ショック!これじゃアフォーが本当に妖精だとしても意味ないじゃん!泣きたいよー。うひーん。「それとですね」とアフォー。

「みおのすけさんはあなたのこと友達だなんて思ってないです」

 ビギィィィ!と私の心に亀裂が走る。
 私は呆然として…すぐに足が震え始める。
 アフォーがくすりと微笑む。「気づいてなかったんですか?」
「嘘だ!嘘だー!そんなの嘘だもん!信じないぞ!」
「信じないのは勝手です。その方が幸せかもしれませんし」
「みおのすけは友達だもん!そんなひどいこと思わない!嘘つき!」という私の叫び声は自分でも分かるぐらいに震えていた。「心の透視装置なんてないんです。あなたの考えは単なる推測です。それどころか願望に近いです」。「そんなことないもん!私とみおのすけは友達なんだ!お前に何が分かる!」と言う私の目からは涙がぼろぼろこぼれて止まらない。「そうだ!お前はみおのすけなんかじゃない!何がアフォーだアホ!消えろ消えろ消えろ!」
 急に伸びてきたアフォーの両手が私の首を絞め上げる。「あなたがみおのすけさんを信じる根拠は何ですか?ええ答えは分かってます。今さっき、あなたが自分で口にしましたもんね。《私とみおのすけは友達なんだ》でしょう?」
 みおのすけと瓜二つなアフォーの顔がぐにゃぐにゃと歪む。目と鼻と口から黒い霧みたいなものが溢れ出てきてアフォーの全身を覆っていく。「友達というのは便利ですね。友達なら《仲が良い》のは当然だし《襲われてたら助ける》のも当然です。そうするべきだという《役割》が与えられていますから。それを信じるのなら、確かにあなたとみおのすけさんは《仲が良い》のでしょうね。だって《友達》というのは《そういうもの》ですもんね?」
 メーラーダエモンと化したアフォーが私の首を絞めたままで言う。「でもあなたは《役割》を捨てたはずです。あなたは《友達だから助ける》という《役割》を否定して、自らの意志でみおのすけさんを救い出そうとしたはずです。それなのに都合が悪くなったら再び《役割》を求めるのですか?そんなこと許されるはずがない。《役割》に救いを求めるな」
 苦しい。苦しいよ。
 意識が遠くなっていく。
 私、友達って言葉に甘えてたのかな。
 ごめんね、みおのすけ。

 ドンドンドン!

 家のドアが叩かれる。
 メーラーダエモンが手を放す。
 床に倒れた私に「お迎えですヨ」とダエモンが私の声で言う。
「…みおのすけを傷つけたら承知しないから」
「え?あ…うん!ありがと!」
 私は玄関に向かって駆け出す。
 誰が来てくれたのか、顔を見なくたって分かる。
 間違ってたら笑い種だけどさ、それでもいいんだ。
 だってそれ、私を助けてくれる誰かが他にもいるってことじゃん?
 でもたぶん、間違ってないんだろうな。
 悔しく…はないか。嬉しいよ。
 うん、嬉しいんだ。
 ドアを開けた。
 光。


【第三部】


《ワンダフルライフ》

 目覚めた私の顔を涙で瞳を潤ませた美魚が心配そうに覗き込んでいる…なんてことはもちろんなくて美魚は壁際に置かれたパイプ椅子に座って本を読んでた。なにこれ病室?とか思ったけど違くてどうやら大学の保健室的な部屋らしい。このまま狸寝入りをかまして美魚の澄ました横顔を観察してやるぜグヘヘヘー!とか思ったら急に美魚が本をぱたんと閉じる。「おはようございます、葉留佳」と穏やかに言いつつこっちを見てきた美魚の顔が…ぐにゃーて歪む。まだ夢の中なのかー!とか思うけれどそれも違くて…私は泣いてるんだ。
 静かに歩み寄ってきた美魚の胸に飛び込んで私はひーん!て泣いて泣いて泣きまくる。私が凄い剣幕で泣くので美魚はわけ分かんなくて困惑してるってのが何となく伝わってきた。それも無理なくて…だって美魚からしたら私が図書館で倒れたというただそれだけのことなんだ…でも美魚は私が満足するまでずっとそこで泣かせてくれた。ありがとうて言いたいのに言葉になんない。しばらくしてようやく泣き止んだ私に「飲み物買ってきますね」と言って美魚はいつもの澄まし顔で部屋を出ていく。
 静まり返った室内で私は考える。
 メーラーダエモン。
 誰だよ。と今でもまだ思うしアンニャローとも正直思うけどさ…最後には私を助けてくれた。いや違うか。美魚に免じてまぁ許してやるか的な感じだった。首絞められたし説教されたし。でもまぁなんか私の味方ぽかった。だからもうちょい深く考えてみる。はるちんははるちんの味方に優しいのだ。だって友達いないんだもーん!ひーん!
 でさ。
 メーラーダエモンは黒くてぐんにゃりで姉御になったりこまこまになったり美魚になったり…なんじゃそりゃ?なんだけどさ。なんていうか、人ってみんなダエモンみたいにまっくろくろすけでうにょにょーんなんじゃねー?みたいな。あの男前な姉御だって独りぼっちで酒盛りしてうぇーんになるし、ぽわぽわ天然なこまこまだってイケメンつかまえてフヒヒー!になることもあるでしょ。つまりさ…姉御だってこまこまだって《役割》通りになんて生きられないんだから、相手に《役割》通りの行動を求めんなバーカ!ってメーラーダエモンは言いたかったんじゃないかな。
 なんて。
 めんどくしゃーい。
 考えるのだるいっすー!
 とか思ってると美魚が缶コーヒー両手に持って帰ってくる。そんでパイプ椅子じゃなく私のいるベッドに腰かけて缶コーヒーを差し出してくれる。ありがたく受け取りプルタブを上げて美魚の顔を見たとき…私は壺の妖精アンタ・アフォーのことを思い出す。
 私が部屋に置いて大切に磨いたり祈ったりしてる壺から出てきたアフォーが、こまこまでも姉御でもお姉ちゃんでもなく美魚の姿をしていたのは…たぶん偶然じゃない。何それめっちゃ恥ずかしいっすー!ひー!て悶える私を美魚が呆れ顔で見てくる。そんで笑う。なんかその笑顔見てたら恥ずかしいのとかどーでもよくなった。
 あーそーだ。最後にもう一つだけ。美魚は美魚のままじゃいられないし私だって私のままじゃいられないから、これからお互いに地雷踏んだり踏まれたりとか色々あると思うけどさ…地雷踏むこと怖がって何もしないよりずっとマシじゃん!と私は思う。これ夢の中でも言ったっけ?まぁいいや。とにかくそう思うことにする。
 めんどくさいこと考えるのはこれで終わり!
 あつあつ缶コーヒーをぐいーっと飲む。
 オエェェェェェェェ!
「何これブラック?こんなの人間の飲み物じゃねー!」
 喉を押さえて舌出して「ウゲゲェェェー!」と言う。
「ェェー!」の辺りで顔を上げると…無表情だけどそれが妙に怖い美魚と視線がごっつんこ。美魚はすっと立ち上がり「葉留佳。あなたは最低です」と吐き捨てて去っていく。「ひぃーん!美魚様ごめんちゃーい!」と言いつつ美魚の背中に抱きついて許しを請う…のはフェイクでツルツルお胸を堪能するぜ!ウヒョー!ドカーン!ハイ地雷二つ目いただきましたー!

 まぁなんていうか。
 地雷を踏んでばっかの人生かもしんないけどさ。
 なんだかんだで楽しくやれそう。

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