薄暗い部屋に響く女の声。

それに呼応するかのように、俺は動く。

単純な前後運動、それと連なって引き起こる淫らな水音。

皺だらけのシーツ、汗まみれの体。

本能のままに、理性という枷を吹き飛ばしての行動。

ただ、快楽のために、自らを納得させるためだけに。

……もうそろそろ限界だった。

存在を自己主張して揺れている二つの丘を乱暴に掴み、一層動きを大きくさせる。

激しくなる鳴き声。

勿論だ、ソレを狙ってそこを掴んだのだから。

懇願の瞳、声。

それを聞いて弾け飛ぶ理性。

お前の弱いところはわかっている、と同時に、俺の弱いところもバレているのだろう。

そんな目で見るな、脚を巻きつけるな。

抵抗するように激しさを増そうと思ったが既に手遅れで、すぐに生まれる、髄まで響き渡るような解放感。

「……っ」

荒い息、火照る体。

目の端に涙を溜めて、ぐたりと満足そうに横たわる女を見て思う。





あぁ、俺は何をしているんだろう……と。









ホタル







鮮やかな色で包まれた場所。

見渡しても、360度全てがネオンで覆われた場所。

酔っ払い、カップル、大人になろうと出来もしない背伸びをしている女子高生、そして身売りをする女たち。

そんな吐き気のするような場所に俺は居た。

つい一ヶ月前までは確実に用のなかった場所、そしてバカにしていた場所。

だけど今ここに俺はいる、そしてこの通りの常連になりつつある。

二時間ほど前と比べ、財布の中身も身体も軽くなっていた。

ここ一ヶ月、出費が嵩んでいた。

胸ポケットからタバコを取り出して火をつける。

後三本……45円か。

などとどうでも良い計算を頭の隅で行い、再び箱をポケットに戻す。

煙草の値段があがったことには関係なかったはずなのに、これも予想外の出来事。

つい一ヶ月前までは禁煙を諦めることなんて考えていなかったし、そんなことが予想できるはずもなかった。

「ふぅ……」

煙とともに今日一日分の疲れを吐き出す。

そして微量の嫌悪感を混ぜて。

不愉快だった。

自分は勿論のこと、この世界全てが。

携帯を取り出せば午前一時になっていた。

今からどう早く帰っても、床に着くのは二時を過ぎるだろう。

と、タイミング良くメールが。

サブディスプレイに出ている名前を見て溜息が出た。

中身を確認するまでもない、どうせまた誘え、とのメールだろう。

ポケットに捻じ込み、そのまま手を突っ込んだまま。

左手はポケットへ、右手は煙草へ。

いつだったか、アイツに格好良いと言われたことがあった。

格好良い、とか言うくせに煙草吸うな、だもんな。

「……」

空には蒼い月が。

そう言えば、あの日の月も蒼かったか。

「ちっ」

グルリと、世界が廻るような感覚。

だけど気のせいだ、と頭を振って路地を折れる。

視界が、開けた。

おかしい、道を間違えたか、と振り返る。

「どうなってんだ?」

自分が折れてきた道など存在せず、ただひたすら真っ直ぐ、地平線にぶち当たるほど延びた道が。

再び前を向く。

ただ道だけの空間がそこにはあった。

……まぁいい。

いつの間にか短くなっていた煙草を踏みつけて、歩き出した。

残り二本。

何処かで自販機を探さないと、いやしかしこの時間は販売中止だったか。

一瞬火を点けるのを躊躇ったが、明日買おうと思い火をつける。

ふぅ、と煙を上空に向けて吐き出す。

「……」

蒼い月が眼に留まった。

気分が悪い。

あの日から俺は月が嫌いだった。

アイツの名前に月、という漢字が入っていたのもあるだろう。

だけど一番の要因は、やはりあの日の月が不気味なほど蒼かったから。

視界を進行方向に戻すと、どうやら分かれ道なようだった。

「……」

だけど俺は迷わない、何故か進むべき道を知っていた。

右でも左でもない、ひたすらな直進。

道なき道を、大地を踏みしめて。

歩を進めるごとに暗くなる世界。

自分の足先さえも見えないような闇の中。

それでも歩く。

この先に、行かなくてはいけないような気がしたから。

この先に、何かがあるような気がしたから。

カツン、と足元に何かが当たった。

携帯で照らそうと思い取り出すが、電源が切れているらしい、何の反応もない。

あぁ、そういや昨日充電してなかったか、と自分の些細なミスを悔やみつつもライターを取り出して火を点ける。

手元しか照らすことができない頼りない光でも、この時だけはありがたかった。

足元のソレは小さな石。

薄い緑色、何処かで見たことのある色のソレを拾う。

目の高さに持ってきた所で

「あぁ」

思い出した。

アイツがよくつけていたペンダントのトップの石と同じ色なんだ。

片目を閉じて、覗く。

真っ暗だった世界が、薄い緑色に染まる。

その瞬間、向こう側に小さな明かりが見えた。

両目を開け、石を退けるが、何も見えない。

もう一度、石を通して。

小さな、針の先のような明かりがフラフラと彷徨っている。

どうやら、コレを通してでないと見えないらしい。

その小さな光を追って、歩く。

小さな石を覗いて歩く男。

第三者から見ればなんて滑稽なのだろうか。

だけどかまわない、今この空間に第三者がいないことが何故かわかっていたから。

この空間には、二人しかいないから。

ふ、とその光点が闇に溶けるように消える。

それも予想していた、否、何故かわかっていた。

石をポケットに仕舞う。

「……」

俺はこの場所を知っていた。

いつだったか、アイツと来たことのある場所。

サラサラと聞こえる小川の音が心地良い。

「なるほど……な」

何だか、全てを納得してしまった俺がいた。

「お前が連れてきたのか」

俺の呟きに呼応するかのように、一つに光点が、土手から舞い上がる。

手を伸ばし、優しく包み込む。

手を開くと、捕まえたと思っていたソレはそこにはいなく。

「なんだかな」

頭上をフラフラと飛び回るソレ。

「なんか、バカみたいだよ」

鮮やかに光るソレを見つめて言う。

「なぁ?」

ソレは二回ほど点滅し、そのまま天へと昇っていく。

「どこまでも、どこまでも高くまで昇っていけ」

光点が月と重なって消える。

その瞬間、俺の意識も途絶えた。





声が聞こえた。

気づくと、女性が俺の肩を揺すっていた。

身を起こすと、どうやらあの路地の手前あたりらしい。

聞くと、この場所で倒れていたのだとか。

今救急車を呼ぶ、などと言っていたが、かまわないと言って起き上がり、鞄を手に取る。

「本当に大丈夫なんですか?」

心配そうに言ってくれる……どこか、その横顔がアイツに似ていた。

「あぁ」

ポケットに手を入れると、小さな物体が確かにあった。

「とても、いい気分だよ」

前髪を揺らす風、空には相変わらず蒼い月が。

そうだな、まず携帯の番号を変えるか。

後は……そうだな。

「少し、付き合いませんか、お礼に奢らせてください」

また、新しい一歩を。






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