色褪せていく写真 117
僕の家にはたくさんの写真がある。それは僕の生まれた時の写真とかもそうだし、お父さんとお母さんが結婚するまでの写真とかも家中に飾りつけられている。前に遊びに来た友達が、テレビで見たアメリカの家みたいだねって言っていた位、僕の家は写真だらけだ。
「お母さん、お父さん。なんでうちってこんな写真だらけなの?」
ある休日。おやつを一緒に食べている時にふと思って聞いてみた。
「あ、それあたしも聞きたい」
ぶっきらぼうに言う一つ下の妹。言うだけ言ってまたドーナツに手を伸ばしてぱくぱくと食べるその姿は正直兄としてどうかと思う。僕から見ても可愛い部類に入るんだから、せめてもっと愛想をよくすればいいのに。
愛想よくしてどーすんじゃぼけとか言われるのが関の山だから何も言わないけど。
「写真、か」
そんな僕の考えを知らずにお父さんが呟く。ちらりと横を向いてまた僕の方を見る。
「そうだね、強いて言うなら報告の為かな」
「報告?」
「そーだ」
お母さんの言葉。お母さんもちらとお父さんと同じ方向を向いてからまた僕の方を見る。
「あたしたちは元気でやっているっていう報告だな。写真を飾っておけばいつでも見れるし、みんなも退屈しないだろ」
「ふーん」
気の無い返事をする妹。そんな娘にお母さんはイタズラっ子っぽい笑みを浮かべる。
「例えば、あたしの可愛い娘はドーナツを食べるのに夢中だとかな」
カシャリと甲高い音がする。見ればいつの間にかお父さんがカメラを構えてドーナツをパクパクと食べる女の子の方の姿を写真に残していた。
「なぁー!? 勝手に写真を撮るなぼけー!」
当然の如く無防備な姿を撮られて怒りを露わにする妹。
「こらこら、そういう言葉使いは改めなさいっていつも言ってるだろう」
「あたしはお母さんの真似をしてるだけだっ!」
お父さんの顔がお母さんの方へ向く。
「鈴、まだ直らないのかい」
素知らぬ風にドーナツを口に運ぶお母さん。またカシャリと甲高い音がした。
「何撮ってるんだ、このばか理樹っ!」
「親子だね。食べ方も怒鳴り方もそっくりだよ」
ぎゃーぎゃーとくってかかるお母さんを笑ってあしらっているお父さん。この写真は並べて飾ろうかとか言いだしたお父さんにすごい表情の妹も参加してくってかかる。
その騒ぎから離れた僕はお父さんとお母さんが話をし始めた時に向いた方を見る。この部屋の一番日当たりのいい場所、そこに少し色褪せた写真が飾ってある。写真が飾られた部屋中を見渡せるような位置で、写真が部屋の中の風景が見渡せるような位置で。
「大切な友達だったんだ」
お母さんの声。いつの間にかお父さんとじゃれあっていたお母さんは僕の後に立っていた。ちなみにお父さんと妹はまだじゃれあっている。
「だからみんながあたし達の事を忘れないように、いつも色んなものを見せて、いろんな話を聞かせてあげてるんだ」
優しい顔でお母さんはその写真を見つめる。僕もお母さんに倣って写真を見つめる。
陽溜まりの中で笑う人影。10人の男女がこっちに向かってポーズをとっていた。その中にはお父さんとお母さんの姿もある。ニヒルな笑みもあれば微笑もある、満面の笑みもあればイタズラっ子のような笑みを浮かべた人もいる。
その姿を、お母さんは優しくみつめていた。ただ瞳だけが絶対に忘れないと厳しく写真に話しかけていた。
色褪せていく写真は、それでも忘れないように過去を写し続けていく。
僕にはお母さんたちの忘れたくない物が何かすら分からない。