こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう、とそんなことをふと考える。
テレビで話題になり、最近みた映画、「容疑者Oの献身」でも心をこんなには揺さぶられなかったし、知り合いの女の子に勧められた「皇帝・夏」という本でもここまで心を揺さぶられたことはなかった。
二つともすごくいい作品だった。容疑者Oの献身では容疑者がした行動からは目が離せなかったし、「皇帝・夏」の構成のうまさはもちろん、最後の幼馴染と主人公のやりとりからめを離せなかった。
だけど、それを上回るほどに、今、私は――、鈴ちゃんと小毬ちゃんから、目を、離せなかった。
『時がながれても』 Foolis
小毬ちゃんにつれられてきた屋上から、夕焼け空をみた。透き通った赤い空に、雲がぽつんぽつんと並んでいる。
たまらなく、きれいな夕焼け空だった。
こんな風景をみるのは、きょーすけたちと一緒に、昔、山に登って以来だった。
本当に、きれいな風景だった。
「すごく、きれーだな」
小毬ちゃんにそう伝える。きれーだな、としかいえない自分が今はいやだった。もっとちゃんとした言葉で伝えたいのに、きれーだな、としかいえない自分が今は本当にいやだった。
「えへへ〜、そうでしょ?」
だけど小毬ちゃんはそんなあたしにもかまわず、笑顔でそういってくれた。
もう一度、夕焼け空をみる。相変わらず、きれいな風景だった。
小毬ちゃんの、秘密の場所。
あたしをここに連れてくる前に、小毬ちゃんがそういっていた気持ちがよくわかった。
「なんであたしには教えてくれるんだ」
どうしてこんな大事な場所を、あたしのために教えてくれるのか、わからなかった。
「ふえ?…うーん…」
あたしが聞くと小毬ちゃんは困った顔をした。唇に手をあてて、どう答えたらいいものか迷っていた。
――やがて、小毬ちゃんは、にっこりと笑って――あたりまえといった感じで――小毬ちゃんは、いった。
「……いちばんの、仲よしさんだからかな。りんちゃんと私、お友達だから」
心臓がとくんとはねた。
そういって、小毬ちゃんにいってもらってうれしかった。今まで友達なんていらない、そう思っていたのに。
でもこうして、小毬ちゃんに友達だといってもらえて――本当にうれしかった。
「あ…ありがとう、小毬ちゃん」
だけど、あたしはそれだけしか、小毬ちゃんにいえなくて、もどかしかった。
小毬ちゃんは、にっこりと笑っている。
満足しているのがわかる。
だけどあたしは、もっと――小毬ちゃんにこの気持ちを伝えたかった。
小毬ちゃん、友達になってくれて、ありがとう。
小毬ちゃん、大好きだって気持ち。
そんな、気持ちをちゃんと伝えたかった。
こんなとき、どうすればいいのか、わからなかった。どう、この気持ちを伝えたらいいのか。
ふと、きょーすけがもっていた、本を思い出す。
そうだ、あの本にたしか『なかよくなったふたり』がやることが書かれていた。ちょっとはずかしいけど、今こそ、それをやるべきだと思った。
「小毬ちゃん」
そういって、小毬ちゃんをまっしょうめんにみさせると、自分の唇を小毬ちゃんの唇にあてた。
「り、りんちゃん!?な、なにしてるの!?」
「仲良くなった二人は、こうするってきょーすけがもっていた本に書いてあった」
「り、りんちゃん」
小毬ちゃんが何かおこっている。いまいちあたしの気持ちがつたわっていないみたいだ。
じゃあ、もう一回だ、もう一回。
「小毬ちゃん」
「ふ、ふぇぇぇ」
小毬ちゃんの唇にもう一度唇をあてる。だけど、小毬ちゃんはあの本にかいてあったような、反応をしてくれない。
あの本で唇をあわせた相手はにっこりと微笑んでいたのに。
何が、足りないんだろう。
あ、そうか。
あたしは小毬ちゃんの胸に手をまわすと、手をくるんとまわした。う・・・小毬ちゃんの胸、かなり、大きい。あたしの胸よりずっと大きかった。同じくらいだと思っていたのに。
「り、りりりりりんちゃん!?」
あたしの行動に驚いた小毬ちゃんが悲鳴らしきものをあげる。
うーーー、なにが足りないんだろう。
そうおもい、ほんの内容を必死に思い出す。
しばらくして、大事なことを思い出す。
今度こそ、わかった。ああ、そうか。
「小毬ちゃん、ちょっと我慢してくれ」
「ふ、ふぇ!?り、りんちゃん!?」
あたしは小毬ちゃんを押し倒す。たしかあの本では二人は寝ころがっていたから。
これで違っていたら――。
「り、りんちゃん…」
小毬ちゃんが泣きそうな顔になっていた。
うう……。どうやらまた間違ってしまったらしい。
そのときになって、初めて気付く。
きょーすけが持っていた本はあたしたちより、もっと小さい、小学生くらいの女の子二人だったということを。
あたしには女の子の友達はいなかったからしらなかったけど、こんなこと18歳にもなったら、きっとやらないんだろう。
「こ、小毬ちゃん…」
そういって、もう一回唇をあわせた。けっして、馬鹿にしたわけじゃない、そんなことを伝えるために。
ふと、小毬ちゃんの顔を見る。
小毬ちゃんは笑っていた。
小毬ちゃん、優しいから許してくれたんだろうか。そんなことをおもったけど、だけど小毬ちゃんがなんていうか小毬ちゃんじゃなかった。小毬ちゃんが口を開く。
「りんちゃん、あたしと、こんなことしたかったんだぁ」
今まで聞いたこともない声で小毬ちゃんはいった。
「う、うん」
本当なら即答すべきだったんだろうけど、あたしは躊躇した。なんでかしらないけど、小毬ちゃんが小毬ちゃんじゃない、そんな気持ちが消えなかったからだ。
「……ごめんねぇ、きづいてあげられなくて。だったら、あたしもりんちゃんにしてあげるね」
そういって、小毬ちゃんは、あたしの下着の中に手を入れてきた。そして、あたしのおしっこをだすところに手を触れてくる。
「こ、こまりちゃん!?な、なんてところさわってるんだ!?」
「あ、ごめんね、りんちゃん、いきなりはいやだったよね」
そういって、小毬ちゃんはスカートとぱんつを脱がした。
「わぁ。りんちゃんのここ、すごくきれい。こんな夕焼けよりも、きれいだよ」
「小毬ちゃん、さ、寒い」
「だいじょーぶ、すぐあったかくしてあげるから」
小毬ちゃんはそういうと指をあたしのおしっこをだすところに――。
☆
ドキドキしながらページをめくる。
二人の行為から目を離せない。
二人がくっついたり、なめあったり、もんだり。そんな行為をするふたりがこの本に延々と描かれていた。
「全部、よんじゃった…」
気がついたらあっという間に全部読んでいた。
体が熱くて、心臓がばくばくいっていた。
こんなHな本を読んじゃいけない。
そうおもっていたのに、気がつけば最後まで読んでしまっていた。
もちろん、途中で読むのをやめようと思った。
だけど、止められなかった。
こんな気持ちになるなんて、おかしい、おかしい、どこか冷静な頭でそんなことを考えながら――、最近みた映画や本のことを思いだしながら、こんなのは間違っている、そう思おうとしたけれど、無理だった。
「はぁ……」
自己嫌悪に陥る。
屋根裏なんかに上るんじゃなかった。
そんなことを思う。今日は両親が家にいなくて、久しぶりに屋根裏で昔のアルバムをみようとのぼったのだけど、まさかこんな本をみつけることになるなんて思わなかった。
「ここにあるの、全部そうなんだろうなぁ」
溜息をつきながら、本がいっぱい入った段ボールをみた。
今更ながら、どうしてこんな本があったのか、と思う。
「お父さん、か」
男の子はHな本に興味があるってしっていたけど、まさか優しくて、大好きなお父さんがこんな本もっているなんて。
ドキドキしながら最後までよんでしまった自分に批判する権利はないのだろうけど、ちょっと失望せざるをえなかった。
「ほんとに…こんなに…あれ?」
ふと、一冊の本をみると、本の表紙で男の人二人がくっついていた。
気になって、本を開く。
「なぁ、頼む、俺の筋肉をあげるから、俺と付き合ってくれ」
「真人、お前からそんなことを言われるとは思わなかった。つきあおう、おれたち」
「おおう」
本を閉じる。この後の展開が読まないでもわかるような気がした。
だけど、私は、この本を読み続けた。
☆
「ただいま戻りました、美鳥」
「美鳥、今かえったぞー」
「!!!」
その声に驚いて、急いで読んでいた本をしまう。
「美鳥?いないんですか?」
いつもすぐ両親を迎えるあたしが玄関にこないのを不思議に思ったのだろう。母が屋根裏部屋がある部屋に来る気配がした。父は別の部屋を探しに行ったみたいだ。
あたしが急いで屋根裏への階段を閉まり終えたのと(収納式階段)、母が部屋に入って来たのは同時だった。
「……美鳥、どうしたんですか?そんなに汗をかいて」
「す、スクワットしていたの、ほ、ほら」
いってしまってから拙いいいわけだと思った。
「……そうですか」
だけど、母はとりあえず納得したようだった。
☆
「大事な、話があるんです」
二人で布団にはいったとき、いきなり美魚にそういわれた。
「どうしたの、美魚?」
「美鳥が、私たちが昔つくったものをみた可能性があります」
「―――!?どうして」
「今日美鳥が屋根裏部屋に登った形跡がありました、そして、隠しておいた段ボールが少し動いていました」
「地震か、何かで動いたんじゃない?」
「それに、美鳥の様子がなにかおかしかったです」
美魚がそういうのを、信じたくなかった。それに、もし見たとしても。
「…みたとしても、意味わかんないんじゃない?」
意味がわからないことを期待するしかなかった。意味がわからなければ、変な本があったな、そういう印象しか残らないだろうから。
「10歳は腐るのに十分な時間です」
だけどそんな僕の気持ちとは裏腹にそう、美魚が断言する。美魚がいうと、すごい説得力だ。
「ひょっとしたら、美鳥は腐り始めるかもしれません」
「えーー」
そうなることを信じたくなかった。
あの件に関しては苦い思い出しかないから。
美魚とつきあいはじめて、ああいう本に触れ合う機会がふえて。いつの間にか自分もつくるようになって。
はじめのうちは、美魚に勧められてみた、アニメの同人誌だった。
Kononや、CRANNADのキャラをもとにして、同人小説をつくった。だけどそのうち、自分の近くにいる人をモチーフにして、つくるようになった。あの時は本当に楽しく作っていた。
「美鳥には私たちのような過去を歩んでほしくないのですが」
「うん……」
――苦い思い出になったのはこの後起こった出来事だ。
同人誌をつくっているのがリトルバスターズのメンバーにばれたのだ。
『西園、理樹、こんな本をつくるのはやめてくれ』
『り、理樹くん、美魚ちゃ〜ん、なんなのこの本〜』
『お前ら、きしょい』
『理樹、なんでお前が俺が秘密裏に持っている本のことをしっているんだ!?』
といった散々な批判をうけて――だけど僕らは作り続けて、ついには。
「西園と理樹をぬいたリトルバスターズは不滅だ!」
となってしまったのである。
「みてはいけない、と叱ってもこの件に関しては効果があるとは思えません」
「うん」
知ってしまうともう、この世界から戻れない。禁忌としてしまうと、余計にこじらせてしまうかもしれない。そのことを僕らは十分にしっていた。
……だって僕が周りの人をモチーフにしだしたのは背徳感による興奮がすごい、好きだったから。
今思うと当時の僕はほんとに変態だったと思う。
「なるように、なれ、か」
「時は流れ、歴史は繰り返す、そんなことにならないといいんですけどね」
「うん…」
とりあえず今の僕らにできることは祈ることだけだと思った。
☆
一ヶ月後。
「よし、今日の勉強、終わり」
あたしは宿題をすませると、机の中から一冊のノートを取り出す。
ノートの一番上には何も書かれていない。
あたしはドキドキしながら、ノートを開く。
『憂、一緒に寝てもいい?』
『うん、いいよ、お姉ちゃん、だけど…』
『うん、わかってる、憂はHだね』
『お姉ちゃんがHにさせてるんだよ』
『憂の胸、大きいね』
『お、お姉ちゃんが揉むの上手だからっ。あ、ああっ』
今書いているのは最近やっているアニメ「じゅうおん!」の二次創作だった。二階であの本たちを見て以来、いろいろ妄想するようになった。
なかなかうまくかけないってか地の文を書くのがすごく苦手でセリフしかノートに書くことはなかったけど、妄想するのはすごく楽しかった。
ノートにこの後の展開をかいて、満足すると、私は眠りについた。
――眠りに就くと思っていたんだけど。
『ふふ、なのはさん、なんていやらしい人、私にこんなことしてほしいから、『少し、頭冷やそうか』っていったんですよね』
『ち、ちが、あ、あれはほんとにティアのこと、しんぱいし』
『ここがこんなに濡れているのに、説得力ありませんよ』
ふと、「魔砲少女なのは」の妄想が繰り広がる。
こうなることも珍しくない。
あたしの眠れない夜はまだまだつづきそうだった。
終われ