こたつ日和     アルエム



「……まず質問してもいいかな?」
「なんだ?」
「鈴、今の季節ってなんだか知ってる?」
「理樹。おまえ、あたしをバカにしてるのか? そんなの春に決まってるだろう」
「それじゃぁ鈴が今入ってるそれは何かな?」
「ん? 炬燵だな」
「炬燵って普通、冬に入るものじゃないの?」
「まぁ、そうだろうな」
「……だよね。ってああ炬燵の中に入って逃げようとしないでっ」
「う、うるさい。仕方ないじゃないか。何が春だ! まだまだ寒いじゃないか!」
「いや、たしかにまだ肌寒いけどさ」
「だろう!? あたしが悪いんじゃない。この寒さが悪いんだ。弁護士を呼べ! あたしはきっと勝ち取って見せるぞ!」
「そんなこと僕に言われても。ていうか、さすがに炬燵に入るほど寒くないと思うよ」
「安心しろ。電源は入れてない」
「なんでそこで誇らし気なのさ」
「というか理樹、おまえ何しに来たんだ? よく女子寮に入れたな。用がないなら帰れ」
「いやいや、鈴がジュース買ってきてって言ったから買ってきたんだよ。ていうか、それはさすがにぞんざい過ぎるよ!」
「ああ、そうだったな。理樹、ありがとう」
「どういたしまして。……その手は僕に、そこまで持って来いってことなの?」
「うん」
「片時も炬燵から出る気はないんだね」
「今日は、例えこまりちゃんがくるがやの部屋に引きずり込まれようと恭介が変態の容疑で警察に捕まろうと炬燵から出ないと誓ったんだ」
「それ、いつ誓ったの?」
「今」
「……はぁ」
「溜息を吐くと幸せが逃げていくと、美魚が言ってたぞ」
「それは大変だね」
「うん、大変だな。……減ったからってあたしのは取るなよ」
「ちょっと僕、自信がなくなってきたんだけど」
「何のだ?」
「僕って鈴の彼氏だよね?」
「そうだぞ」
「彼氏が幸せじゃなくなるってなるとさ。もうちょっと彼女としては、こうなにかしたくならないの」
「あきらめろ」
「はやっ。いや、いくらなんでも早過ぎるよっ。せめて僕と炬燵を天秤に掛ける素振りは見せてよっ」
「…あきらめろ」
「……いや、うん、なんか僕疲れたよ。はい、これジュース」
「ん、ありがと」
「鈴、不精しないでジュース飲む時ぐらい、ちゃんと座ろうよ」
「……」
「あ、考え込むんだ。って結局、飲まないんだっ!?」
「んー、にゃー」
「猫は冬は炬燵で丸くなるけど、鈴は春でも丸くなる」
「なにか言ったか?」
「ううん、なんでもない。ところで今までの言動とか行動でそうなんだろうとは思うけど、そんなに気持ちいいの?」
「うん、床のフローリングの冷たさと炬燵の中の微妙な温さが最高だ」
「ふーん」
「あ、良い事思いついたぞ」
「うん、それじゃぁやろうか」
「何をだ?」
「気にしないで、言ってみたくなっただけだから」
「そうか? それでな。理樹の彼女として、あたしは考えたんだ」
「え、なにを? ていうかさっき思いついたって言ったよね?」
「うるさい。黙って聞け!」
「はい」
「うむ。えっとそう、あれだ。じゃぁ理樹も炬燵に入ればいいじゃないか」
「鈴。あのね。過程って大事だと僕、思うんだ」
「家庭? まて。まてまてまてまて理樹。さすがにそれはあたし達には早いぞ。だってまだ学生じゃないか!?」
「真っ赤になった顔を炬燵布団で隠していやんいやんする仕草は凄く可愛いと思うけど、とりあえずそっちの家庭じゃないから」
「なにぃ!?」
「それで、どうして僕が炬燵に入ればいいってことになったの?」
「なんでって。理樹はこのままだと幸せゲージがどんどん減っていくんだ」
「あ、そうなんだ」
「でもあたしは炬燵に入って幸せだ。だから理樹も炬燵に入れば幸せだ。これぞ幸せスパイラル、byこまりちゃん!」
「なんか色々と違う気がするけど、ん、それじゃお邪魔するね」
「ってなんであたしの隣に入ってくるんだ!?」
「いや、だってここ、僕が入ってもまだ余裕あるしね」
「んなー! だ、抱きつくな!」
「いや、だって僕達は恋人同士だしね」
「ちょ、こらお尻を撫でるな!」
「いや、だって鈴ってお尻弱いしね」
「や、ちょ、はぅ、あっ。やっ、めろって言ってるだろ。このエロ助ーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「げふっ!」
「うー、あたしも痛い。なんでだっ」
「そりゃ頭突きは、したほうも痛いよね」
「理樹がエロいからいけないんだ」
「鈴、可愛いからね」
「な、なんだ、それ!? あ、あたしのせいにするのか。うー、エロい理樹なんか嫌いだーー」
「僕はエッチな鈴も好きだよ」
「んひっ!?」
「鈴、顔真っ赤だよ?」
「り、理樹が変なこというからだっ」
「変なことじゃないよ。本当のことだからね。うん、鈴好きだよ」
「……言ってて恥ずかしくないか?」
「実は凄く。でも、鈴の照れた顔が見たいから何度も言うよ。鈴、好き。大好き。愛してる」
「うー、うー、や、やめろー」
「長い睫も大きな瞳も桜色した唇も照れた顔も怒った顔も笑った顔も全部──全部好き。鈴はどう?」
「ほ、ほぇ!?」
「僕、結構いってる気がするけど鈴から聞いたこと、あんまりない気がするんだ」
「そ、それは……い、いいじゃないか。そんなの知ってるだろ!?」
「わかんないよ。ねぇ、鈴は僕のことどう思ってるの?」
「……うー……なー」
「それじゃわかんないって」
「わ、わかってるっ。手を貸せ」
「手?」
「違う。甲のほうじゃない手の平のほうだ」
「どうするのって、う、あは、あははははは、鈴、くすぐったいよ」
「我慢しろ。ああ、こら引っ張るな! 書けないだろ」
「あは、あははは、書くって、ああ指で文字書いてるの?」
「うん。ほら書けたぞ。これが、その……あたしの気持ちだ」
「いや、あの急に書き出すからまったくわからなかったんだけど」
「なにぃ!? し、仕方ないな。じゃぁ、もう一回書くからな」
「うん、わかった」
「ん、んっと、ほら今度はわかっただろ?」
「ごめん、わかんない」
「なにぃ!?」
「ごめん。鈴、もう一回」
「ん、んー、仕方ないな。ほら、これでどうだ?」
「やっぱりわかんない」
「なにぃ! じゃぁこれならどうだ!?」
「さっぱりだよ」
「それならこれは!?」
「あ、す? すまではわかった!」
「そうか。じゃぁ、今度こそ、どうだ!?」
「あ、ごめん。早すぎてわからなかった」
「なにぃ!? ……なぁ、理樹」
「ん?」
「実はわかってるだろ?」
「うん、実は初めから」
「この頃、理樹がうちのバカ兄貴に似てきた気がする」
「あはは、鈴、ごめんね。はい、お詫びの印」
「へ? あっ……ん、んっ。いきなりは卑怯だぞ」
「うん」
「こら、あんまり強く抱きしめるな。苦しいじゃないか」
「あ、ごめんね」
「ん、それぐらいならいい」
「ねぇ、鈴」
「ん?」
「たしかに気持ち良いね」
「だろう?」
「うん、なんだか眠くなってきちゃったな」
「そうか。それなら寝てもいいぞ」
「うん、それじゃぁ」
「ああ」
「……」
「……」





「理樹。理樹!」
「ん? なに」
「すまん。腕を解いてくれ」
「え? 許してくれたんじゃなかったの?」
「いや、そうじゃない。そうじゃなくてだな」
「鈴? どうしたのモジモジして?」
「あの、だからな」
「ああ、そっか。ごめんね。気づいて上げられなくて」
「い、いや、全然いいぞ」
「うん、でも、ここだと炬燵の骨組みが邪魔だからベッドに行こうか」
「……何をいっとるんだ、おまえは?」
「え、何って……そりゃあ、あ、でも鈴から誘ってくるなんて珍しいね。ふふっ、別に照れなくてもいいよ」
「こ、こ、の……」
「あれ? 鈴?」
「トイレに行きたいから退けと言ってるんだ。このぼけー!!」





 劇終!!

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