願いの行方       安全 空間



 ――願い事、ひとつ。

 ――りんちゃんも、ちゃんと笑っていられますように。

 体中が痛い。ずきずきと、ずきずきと。下敷きにしている右腕がお腹を圧迫していて苦しい。動かそうとしたけど、苦しさ以上の痛みが走ったから、止めた。
 みんなはどこだろう? 声を上げる。だけどそれは、私の耳にも届かないほどに小さかった。これじゃわかんないや。
 声が聞こえる。大切な友達と、大事な人の、大好きな声。お互いにはげましあって、無事をよろこんでいた。
 もっと声を聞いていたかった。でも、それは私のわがままだから。
「行こう、鈴」
 うん、それが正解です。ふたりには生きていてほしいから。
「いやだ!」
 りんちゃん、ダメだよ。私たちは助けられない。私たちを助けようとして、爆発に巻き込まれちゃったんだよ? だから、ダメなのです。
「みんなと一緒じゃなきゃいやだ!」
 ……ほんとに、りんちゃんは困ったさんですね。
 どうしよう。このままだとまた、りんちゃんたちが死んじゃう。



「そんなの、嫌だな」
 ぽそり、とつぶやく。
 …………。
「あれ?」
 おかしいな。声が出せる? さっきまではどんなに頑張ってもこんなに出せなかったのに。
 体を動かす。痛くない。
 目をめぐらせる。フェンス、夕日色の町、茜色の雲、給水搭。
「学校の屋上?」
 どうして私こんなところに、と考えて思い出した。終わらない一学期の世界を。ここはそこと似た場所なんだ。
 がたがた、がたがた。
 屋上の出入り口のところで、何かを動かす音が聞こえる。誰かが屋上に来ようとしている。
 私はその誰かに心当たりがあった。同時に、この世界を作り出したのが誰なのかも。
 私がしなければならないこと。私がしたいと思うこと。それはりんちゃんとの。
「お別れか……ようしっ」



 そして私はまた、痛くて赤くて暗い箱の中。
 ……大丈夫かな? ちゃんとわたせたかな?
 笑顔の大切さ。願い星。

 ――願い事、ひとつ。

 ――りんちゃんも、ちゃんと笑っていられますように。

 ――私のように、ならないために。

 鼻につんと来るにおい。終わりの予感。
 いや、だな。こうなることはわかっていたのに。頭に残るのは未練ばっかり。もっとお菓子食べたかったな。もっとりんちゃんとお話したかったな。もっと草野球がうまくなりたかったな。もっと、もっともっともっと。
 もっと、みんなと、いたかったなぁ……。
 りんちゃんと同じお願い。叶うことのないお願い。願い星は、叶えてくれない。
 けど、もしも、もしも願い事ひとつだけ叶えてくれるなら。
「願い事、ひとつ。       、      、      」
 瞬間。赤が世界を塗りつぶした。夕焼けよりも強く、無慈悲な赤。私たちをのみこんでしまう、『終わり』。
 けれど、私はそんなものは気にならなかった。
 なぜなら、なぜなら――。

「小毬さん!」

 遠くに。
 無慈悲な赤の遥か彼方、やわらかな光の中に、大好きな人がいたから。
「小毬君」
 ゆいちゃん。
「こまりん!」
 はるちゃん。
「小毬さんっ」
 くーちゃん。
「神北さん」
 みおちゃん。
「小毬」「神北」「小毬!」
 きょーすけさん、謙吾くん、真人くん。
 みんな、みんながそこにいた。
「……こ、こまりちゃん」
 そして、私の大切な、お友達。
「りん、ちゃん」
 その手には、星の髪飾り。
 よかった。ちゃんとわたせてたんだね。
 あれ? どうしてわたしてたんだっけ? ……うーん?
「小毬さん早く! 試合が始まっちゃうよ!」
「ほわぁ!?」
 そそそそうだった! 今日はリトルバスターズの試合の日だった! うわーん、きんちょうしすぎて眠れなかったから寝坊しちゃったんだ。
「すぐ行くよー!!」
 私は駆け出した。みんなのもとへ。最高に幸せな時間を過ごすために。










          ――夢の中だけでも、理樹くんたちと、生きていたい――

 幸せな光の中の願い星、髪からほどけて、かつんと落ちた。

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