それは良く晴れた冬の日。
 高く高く澄んだ青い空にたったひとすじ。
 青を切り裂き天を目指す、白い軌跡。



――sai-hate――



 日傘を畳み、彼女のゆく白い道筋を目で辿る。
 彼女が大切に身にまとい、私が手放した色。


 旅立ちの近づいた朝、彼女は笑った。
 恐れも不安も飲み込んだ、とても晴れやかな顔で。


 不意の潮風が肌を切る。少し切り損ねた髪が踊る。
 海を臨む冬枯れた丘で、その旅立ちを見送っている。


 煙がゆっくりと空に滲んでゆく。青に霞んでいく。
 彼女はその色で彼方を見つめ、私はその色に取り残された。



 彼女は会えただろうか。
 目指した背中に、追いつけただろうか。
 あのむこうは、私が目指した狭間ではないけれど。
 もしもあの子がいるのなら、
 彼女と出会うのだろうか。
 出会って、何かを話すのだろうか。
 何と言って迎えるのだろうか。
 ひとつの恋と、ひとつの夢をどこまでも、どこまでも駆け抜けた彼女を、何と言って。



「美琴」
 枯れた草むらで犬と戯れている娘を呼ぶ。
「ぉかあたん」
 駆け寄ってきた彼女は、着慣れない服を枯葉と土埃に汚して、笑顔。
「……しようのない人ですね」
 私がそれらを払う間も、一瞬たりとじっとしていてくれない。にこにこし通しなのは、怒られている自覚がないのだろうか。
 娘の視線を追い、空を見上げる。そうしたところで彼女たちが見えるわけではないのだけれど。
 訊ねてみたいことはある。だが、それを訊くのは今でなくていい。

「そろそろ行きましょうか」
 飽くことなく見上げる娘を促して、雲ひとつない青空を後にした。

第25回大会『みごと』に戻る
会期別へ戻る
概要へ戻る

inserted by FC2 system