Lunch      いまみ



今日は商店街を歩いている。

「きょうのよるごはんなに?」
「さあ、何かしらね」
「んー、ケーキっ!」
「それはごはんのあとだろーっ」

 双子だろう、子供の声が聞こえる。ケーキ、なる単語が出たのは、その子供たちの誕生日が今日なのだろう。

「何食べたい?」
「さしみ」
「さしみで」
「え? 佐々美?」

 母親がボケていた。ツッコミはないが。

「ささみ? なにそれ」
「笹瀬川佐々美っていう人がいるのよ」
「このまえやってたそふとぼーるっていうスポーツのしあいでホームランうってたひとか?」
「よく知っているわね」
「やきゅうににてるからみてたんだ」
「やきゅうならわたしもしってるー」
「おりんぴっくしゅつじょうよせんたいかい、とかなんとかだったかな。あれがけっしょうてんでおりんぴっくにいけるんだろ?」

 3人が話している間に魚屋の前に着いていた。この商店街にはライバル店がないが、店主ははりきって商売しているようで繁盛している店だ。
 しかし、今の時間はすいている。こういうときのタイムセールを狙ってその親子は来ているようだ。

「へい、らっしゃい! 今日はこのトロがお勧めだよ!」
「あ、じゃあ、この中トロもらえますか」
「おっちゃん、まけてくれ」
「まけてまけてー」
「んん〜?」

 店主は声が聞こえてきた方、下の方を見た。子供がいた。

「おう、――ちゃんに、――くんか」
「誕生日なんですけど、刺身がいいって言うので」
 名前はよく聞こえなかったが、やはり誕生日らしい。
「ささみー」
「だからそれはそふとぼーるせんしゅだ!」
「……そろそろいい加減にしてくださいませんこと?」
 あんまりささみささみうるさかったので、本人が現れたようだ。彼女の地元はもちろんここ、ちょうど帰省したのだろう。
「おおっ、ささみだ」
「ささみだー」
「って言ってるそばからーっ!!」
 学生当時のあのお嬢様のような性格などはほとんど変わっていないようだった。身も心も成熟し、さらにその気品はあふれんばかりだ。
 と、あれこれ言い聞かせていた彼女がこちらに気づいたようで。
「あら、佳奈多さん」
「奇遇ね。こんなところで会うなんて」
「そうですわね。一年ぶり、でした?」
「そんなところね」
「再会の記念に――」
 昼食にでも誘ってくれるのだろうかと思っていたが、佐々美の背中の向こうに直枝理樹が見えた。だれかと歩いているように見えた。そのまま、某ファストフードチェーン店に入っていった。
「……」
「どうかしまして?」
「ちょっと昼食でもどう?」
「今、誘おうと思っていましたの。いいですわよ」


 知り合いを見かけるとどうしても気になってしまうのが常らしい。そのファストフードチェーン店に入っていた。理樹ともう一人は、商品を注文しながら談笑している。こちらからは、彼と話しているのがだれかは見えない。




 注文などをすべて済ませた後、レジ近くのテーブル席で、品が来るのを待っている。理樹たちの席は私から見てまっすぐだ。
「そう言えばあの方、直枝さんじゃないですこと?」
 佐々美が理樹に気づいたらしく聞いてきた。
「ええ、そうみたいね。なんだか、かなり楽しそうだけど」
「話している方はだれなのでしょう」
「さあ。……ちょっと待って」
「どうかしまして?」
 このテーブルからならよく見える。理樹が向こう側に座っている、ならば必然的にこちら側に彼と話していた人が座るのだろう。そこに座するは、……。







「だれか分からないわね」
「どういうオチですのっ」
 冗談ではなく本当に分からないのだ。
「仕方ないですわね。私が話しかけてみますわ」
 佐々美が歩いて行った。


「あのー」
「ん? あれ、笹瀬川さん。こんなところでお昼?」
「今日、帰省してきたばかりですの」
「そうなんだ。あー、そういえばオリ――」
「その話はあとでお願いしますわ。こちらの方は?」
「あれ、クドだよ。知ってるよね? クドのこと」
「……能美さん?」
「はろー、佐々美さんっ」
 そう言って彼女は帽子をとった。成長した彼女がそこにいた。
「気づきませんでしたわ」
「リキにもそう言われましたー」
「うん、なんか雰囲気どころじゃないよね」
「ふっふっふ、あたいのせいちょうなめんなよ〜、なのですっ」
「それにしては英語は変わらないけどね」
「わふ〜、痛いところつかれました……」
 出た、わふー。
「だーれだ」
 と、突然佳奈多が飛び込んできてクドリャフカの目を隠した。しかしクドリャフカは動じることなく答えた。
「あ、佳奈多さんですっ」
「よろしい。……久しぶりね、クドリャフカ。こんなに大きくなっちゃって」
 それは孫などに話しかける言葉である。だが。
「えへへーっ、そうですか」
 にへらにへらしてしまった。
「……あら?」
「がんばりましたよー、ここまでくるまで山あり谷ありでした」
「ちょっと? 何か勘違いしてない?」
「いいえ〜? だってほら、見てください」




「そういうことじゃないわよ」
「わふ……」
「そんなこと言い始めたら私だって――」
「あー、公衆の場だからやめようね。そういうこと言うの」
「ちょうど注文の品も来たことだし、食べましょう」





 食べ終わって。
「理樹、少し話を聞かせてもらえるかしら?」
 尋問調で話しかける佳奈多。
「えっ、あっ、いやー、これは」
「却下。ある人は言いました。『吐いちまえよ、楽になるぜ』と」
「……言ったら余計悪くなりそうなんだけど」
「あなたが悪いのよ。浮気なんてするから」
「えっ、リキが浮気ですか?!」
「そうなのよ、……相手はね〜、あなたよ」
「わふっ!!」

 佳奈多と佐々美が座っていたテーブルの上のトレーには、四人前の昼食が、のっていた。











 子供用の椅子の上で眠るが二人。

その宝物は、――――

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