2分の1     翔菜



 ……それは、リトルバスターズの幼馴染組が食堂のいつもの席で駄弁っていた時の出来事だった。
 なんでもない日常。

「そこで、俺の筋肉がメガドレインでストレルカから栄養を吸収し始めたんだよ!」
「真人の筋肉は既に人外の域に達していたのか……」
「いや謙吾、そこは感心するところじゃないから……」

 いつも通り。
 真人がボケ、ジャンパーを着た謙吾がノリ、理樹が突っ込む。
 鈴が呆れ、恭介が楽しそうに笑っている。
 周りの喧騒は既に薄く、食事の時間は終わりに近付いていた。

 そんな中、彼らとは特に関わりもない女生徒がトレイを持ちふらふらと歩いていた。
 テストに向けて勉強をしていたが突然まほらば(アニメ版)が見たくなり、徹夜で見ていたのである。
 真面目なようで、ただのアホである。

「おまえあほだろ」
「んだとこら鈴! アホって言った方がアホなんだよ! やーい鈴のアホ!」
「やめなよ真人恥ずかしい。小学生じゃあるまいし」
「止めるな理樹! 例え小学生になろうとも俺は!」
「きゃっ」
「へ?」

 勢いよく立ち上がった真人が女生徒にぶつかってしまい、彼女は小さく悲鳴を上げて倒れてしまった。
 舞い上がるトレイ。散乱するカレーライス。
 ――そして、水の入ったコップ。

「ひゃわっ!?」

 それが、理樹の頭に着地した。
 見事に、逆さまになって。つまり、水を被ったと言う事だ。
 驚いたせいでそのままバランスを崩し、椅子ごと理樹は倒れてしまう。

「理樹!?」
「大丈夫か、理樹!」

 棗兄妹が、すぐさま理樹に駆け寄る。
 大袈裟ではあるが、友情ゆえだ。

「う、うん。水がかかって驚いただけ。そ、それより……ふたりとも、こっち来ないで……見ないで……」

 理樹は自らの身体を抱くようにして、俯き、顔を真っ赤にしてそう言った。
 だが恭介はそれを聞かず――むしろより心配になって、理樹に近付く。

「なに言ってるんだ。それよりほら、早くこれで拭け」

 言い、恭介はどこから取り出したのか、タオルを差し出す。

「ほ、ホントにいいから。じ、自分で部屋に戻ってから……」
「そんな事をして風邪でも引いたらどうする、ほら」

 恭介が半ば強引に理樹の腕を掴んで引き寄せ、頭を拭こうとタオルを当て――そこで、違和感に気付いた。

「理樹、お前……?」
「だから、見ちゃダメだって……」

 声変わりもまだでただでさえ高かった声――それが、心なしかいつもより澄んで聞こえる。
 恭介は違和感の正体を探るべくしっかりと理樹の身体を見る。


 いつもよりほっそりとしてしまった腕。
 女の子のような柔らかさ……何より、あるはずのない、胸。

「理樹、お前まさか……」
「恭介にだけは、見られたくなかったのに……!」

 顔を真っ赤にして、涙を流している理樹。
 恭介はただ呆然と見る事しか出来なかった。
 理樹が恭介の腕を荒く振りほどいて走り出す。
 
「そんな……俺は、どうすればいいんだよ、理樹……」

 そう。
 なんと、理樹は水を被ると女の子になってしまうのだった……。
 この日から理樹の苦悩と、そして、理樹を巡る兄妹の恋の争いが始まる……!!






 ぺら、とめくっていた紙をまだ中途にも関わらず元に戻す。
 数十枚に及ぶ原稿用紙。その内容がいかなものか、もう知りたくはなかった。
 後ろに佇む少女へと振り返り、静かに、問う。

「で、……西園さん、なにこれ」
「『りき1/2』。……可愛すぎる直枝さんを見ていたら、思わず」
「…………」
「…………」

 沈黙。

「すいませんでした……」

 謝罪、でも。

「正直、反省はしていません。満ち足りた気持ちです」

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