頭が春
翔菜
「みんなー! 大変だー!」
がたぁん、とドアを開け、お茶会と洒落込んでいた女子メンバーたちの部屋に飛び込んで来たのは鈴である。
よほど急いでいるのか、かなり激しく呼吸をしていた。
「どうしたんですか、鈴さん」
クドが駆け寄り、しゃがみ込んだ鈴の肩を掴む。
「寮内で騒がしくしちゃダメだよー」
「それを三枝さんが言うんですか?」
片や、冷静にポテチを齧る葉留佳とこれまた冷静に突っ込む美魚である。
「た、たいへんなんだ! きょーすけがっ、きょーすけがっ」
「きょーすけさんに何かあったの〜?」
小毬もクドと同様に心配して駆け寄り――遅れたのは飲み物を注いでいたからだ――鈴に問いかける。
小毬の予想通り喉が渇いていたのか、鈴は水の入ったグラスの中身を一気に喉に流し込んだ。
「恭介の……恭介の……」
「鈴さん、落ち着いて。ゆっくりと話してください」
「あ、あぁ……」
やはりなんだかんだで兄の事が心配なのだろう。
それを察した美魚の言葉に落ち着きを取り戻し、深呼吸。
そして鈴は意を決し、一言。
「恭介の頭が春になってたんだ!!」
「「「「「………………………………」」」」」
ド沈黙。
「鈴君。今一度落ち着いてよく聞くといい」
「ん、なんだくるがや」
「……就職活動中に野球を始め、試合直前に人形劇の練習。エトセトラエトセトラ…………いいか、恭介氏の頭の中は年中春だ」
「ですネ」
「鈴さんが一番よくわかっているかと思っていましたが」
「ち、違うんだっ! 頭の中じゃなくて……いいからきてくれっ!」
言い、鈴は背を向けて歩き出す。
小毬、葉留佳、クドリャフカ、美魚、来ヶ谷の5人は目を見合わせ……結局、鈴の背中を追いかける事にした。
*
外に出、鈴に連れられて女子メンバーがやってきたのは中庭。
夜だからか、人はいない。
そこのベンチに、月明かりに照らされ虚ろな目をした私服の――数週間前に卒業したためだ――恭介が居た。
「こ、これは……」
柄にもなく唖然とした表情を見せる来ヶ谷。
「ホントに春ですネ」
「驚きました」
「……新ジャンルです」
「桜だ〜。綺麗だよ〜」
最後の小毬の言葉が全てである。
そう、なんと。
恭介の頭の上にミニサイズの桜が生えていたのである。
横幅の最長は丁度恭介の頭くらい、高さは顔の1.5倍と言ったところだ。
花びらの散り方や枝葉や根付き方あたりを見ても、どうも本物っぽいあたりがシュールである。
と言うか現実的にありえない。確かに桜が咲き花が咲き暖かな風が吹き、季節は春真っ只中だ。とは言え、人体から桜が生えるのはいくらなんでも春頑張りすぎだ。
「りん……」
「だ、大丈夫かっ」
珍しく心底心配そうな表情で、恭介の肩を掴む鈴。
「…………っ!?」
「どうしたの、りんちゃん?」
鈴の表情がすぐさま驚愕に染まる。
その変異を最初に感じ取った小毬が鈴に近付き。
「ほわ、かわいいー」
恭介の頭が視界に入ったのか、そんな事を言い出す。
「ほや、頭に何か乗ってますヨ?」
「……そのようだな。なんだあれは。何か小動物のようだが」
「わふー、とってもきゅーとなのですー」
「あ、あれは……!?」
割と当然の反応を見せた葉留佳、来ヶ谷、クドリャフカとは全く違う反応を見せたのは美魚である。
その顔は真剣そのもので、正体を見破ろうと恭介に近付き、その頭に――頭の上に乗った何かに――触れた。
「わたしの予想が正しければ……やはりこれは……」
「みお……これが何かわかるのか?」
「うーん、私も小さい頃に見た事がある気がするんだけど……思い出せない」
「これは、………………かの有名なシルバニ○ファミリーですっ!」
「……そうか、俺の頭には……兎さんやリスさんが住んでいるのか……」
フッ、とニヒルに笑う恭介だが、雰囲気的には末期っぽい感じである。
人形とは言え頭の上の桜の木の下に動物がいるのである。某ハマの核弾頭波留さんだってきっとびっくりする。
だいたいなんだ、この世界は一体どうしてしまったと言うのか。
「これはきっと、世界を弄び続けた俺への罰なんだ!」
「おにいちゃん!!」
罰にするには割としょぼい気もする。
が、真に受けて鈴も動揺したのか過去にでも立ち戻ったのか、お兄ちゃんなどと呼び始めてしまう始末。どうしようもない。
「しかし……あのまま桜を放置していたら恭介さんはどうなってしまうのでしょうか」
「そんな事聞くまでも無かろう、能美女史。頭から足の先まで養分を吸い取られ……」
「ごくり」
「…………」
わざとらしく喉で音を鳴らす葉留佳と、黙って来ヶ谷の言葉を待つクドリャフカ。
来ヶ谷は何やら意味深にうん、と頷き。
「春よ来いを歌いだす」
「わっつ!?」
「名曲ですネ」
「養分吸い取られた意味はあるんでしょうか……?」
「まぁ冗談はさておき。養分を吸い取られるのは冗談では済まない可能性がある」
「植物なら水を与えなければいいんじゃないかな? 一生頭を洗わなければ……!」
「それは別の意味で恭介氏の人生が終わってしまうな、葉留佳君」
そも、口からも摂取するから意味が無い。
笑いながらも口元に手を当て、考え始める来ヶ谷。
葉留佳やクドリャフカはただ見る事しか出来ない。
そんな中、鈴と、ずっとその様子を見守っていた小毬と美魚が近付いて来た。
「みんな、頼む。恭介を……助けてくれ」
「うん、りんちゃん。みんなで頑張れば、きっと恭介さんは助かるよ」
「……シルバ○アファミリーも、何やら自立行動を開始した上に繁殖活動まで始めそうな勢いですし、あまり猶予はないかも知れません」
人形が繁殖活動てまたお盛んな。
「可愛い顔して所詮は獣か……」
苦い顔をして来ヶ谷が呟く。
無理も無かった。
と、夜の沈黙の中、不意に金属音が鳴り響く。
正確には、金属で木材を叩く音か。
「なんだ、この音は……?」
「あ、姉御!! あれを見てください!!」
葉留佳が指差した方向、それは恭介の佇むベンチ。
その頭の上。
「家を建て始めたか……!?」
「桜の木の枝の上に建設していますね……」
揺れるたびに桜の花びらが舞い散り、中庭にある他の桜と混じり月明かりを反射して輝いていた。
一種、幻想的とも呼べる美しい光景だったが、そんな悠長な事を感じていられる場合ではない。
「引っこ抜くぞ、援護しろ葉留佳君!」
「りょーかい!」
「だ、だめだっ!」
桜の木を掴んだ2人に制止の声をかけたのは、鈴だ。
「さっき引っ張ってみたら、『かゆいかゆい』って言いながら喉を掻き毟ったんだ……」
「く……既に人体に影響を与えているという事か」
「もう、私たちに打つ手はないのでしょうか……」
来ヶ谷が舌打ちをし、クドリャフカが俯いて泣き出しそうな顔になる。
小毬も、葉留佳も、鈴も――皆がもうダメかと諦め帰り支度を始める中、ひとり、その目に諦めを宿していない人物がいた。
「みなさん……わたしに、ひとつだけ思いつく手段があります」
美魚である。
「ほ、ほんとうかみおっ」
「みおちゃんすごーい!」
鈴と小毬が希望を取り戻したのか、笑顔を見せる。
葉留佳とクドリャフカと来ヶ谷は信じ切れず……しかし、今は自信ありげにそう言った美魚の事を信じるしかなかった。
「どうやら……みなさんにわたしの真の姿をお見せする時が来たようです」
言い、美魚は制服の内ポケットから何かを取り出す。
「見た目は普通の少女……しかし180度回転し90度右に曲げて45度前に倒したその姿は……!!」
雲間から月が完全に顔を出す。満月。
月明かりは美魚を照らし出し、その姿を彩る。
かちん、かちんと何かが繋がる音。
繋ぎ終えた物を右手に持つと、左手で頭に何かを乗せ、服は制服のまま、右腕を前に突き出し繋がった長いものをくるくると回し、ポーズを取る!
「魔法少女マジカル☆みおちゃん! けーんざん!」
「「「「「………………………………………………………………………………」」」」」
お寒い風が吹いた。
春どころか真冬も裸足で逃げ出しそうなほどにお寒い風だ。
もうなんかこの場だけ地球外的な氷点下である。
ちなみに繋げたのは魔法少女風のものでハートが先端についたステッキだが、頭に乗せたのはナースキャップである。どう魔法少女なのか。
しかし美魚は非常に満足げな顔で、喋り始める。
「さぁわたしがきたからには」
「かえって本でもしらべよう、なにかあるかもしれない」
「ああ、そうだな鈴君。図書室にでも忍び込んで……」
「私も手伝うよー」
「わふー、私はいんたーねっとを使ってみるのです」
「私は、お姉ちゃんに相談してみる」
「……って、どこに行くんですかみなさん!?」
5人が去った後、中庭には恭介と美魚が取り残された。
美魚は悲しそうな顔で恭介を見。
恭介は、笑顔を美魚に返した。
風が吹き、2人を包み込む。恭介の頭から防風開始ー! と言う声が聞こえたが、何事もなかったかのように美魚は口を開く。
「恭介さん……あなたは、わたしが治すと信じてくれますか」
「ああ、西園…………ごめん、可愛いとは思うけど、……正直ちょっときつい」
「…………」
「…………」
ぐわぁ、と腕を後ろに回す。
すると目に涙を浮かべ、何かに耐えるように空を見上げ、散り行く桜の花びらに想いを馳せてみる。
そして、想いそのままに。
「うわあああぁああぁぁぁああぁぁーん!!!!」
可愛く泣き出し、ステッキを振り抜いた。
恭介の頭の上の桜の木を目掛けて。
桜の木はシルバニ○ファミリーごと吹っ飛び、恭介は10円禿げだけを残して、意識を手放した。
*
「……と、言うところで目が覚めた」
「え!? 今の全部夢だったの!?」
「当たり前だろう、理樹。頭に桜の木なんて生えてたまるか」
「いや、随分と真実味のある話し方だったから……つい。それにさ」
「なんだ?」
「恭介の頭に、桜の木が生えてるから」
「え?」
次の瞬間、恭介は頭の上を確認する事も無く、悲痛な叫びを轟かせながら廊下へと消えていった。
恐らく、寮生共用の洗面所へと向かったのだろう。鏡で、その姿を確認するために。
恭介らしからぬ行動ではある。既に卒業した身で遊びに来たのだから、風紀委員にでも見つかったら大騒ぎだ。
「……いやまあ、嘘なんだけどね」
春。4月1日。エイプリルフール。
あの恭介がそんな事を忘れてしまうくらい、その夢は怖かったのだろう。
「初めて恭介を騙せた」
嬉しそうに笑う理樹。
廊下から、「ホントに生えてるううぅう!」などと言う絶叫。
開いたままのドアから、理樹は顔を出す。
「はぁ……恭介、嘘つきかえすにしたって、もう少しまともな――」
優越感から余裕綽々な台詞を吐いた理樹の眼前を、――桜の木を頭の上にしっかりと根付かせた恭介が薄桃色の美しい花びらを舞わせながら、マジ涙目で疾走して行った。
第6回『春』に戻る
会期別へ戻る
概要へ戻る