某月某日。
天気、雨。
もちろん、リトルバスターズの野球の練習はお休み。
活動休止中の野球部のグラウンドを借りて練習してはいるが、体育館はバスケ部や卓球部と言った部が使っているし、学校内のソレらしい事に使えそうなスペースはサッカー部や陸上部のテリトリー。
だが、リトルバスターズ内にはそれを由としない常識の通じない男が居た。
と言っても他の部を追い払って練習のスペースを確保するだとか乱入して部活動を邪魔するだとかいった非常識な行動はとらない。
「俺は諸積になるぞミスタァー!」
非常識とかそう言う次元じゃない。もはや頭おかしいレベルだ。
そう言いながらグラウンドに出来た大きな水溜まりへと飛び込んで行こうとして、
「そのまま水溜まりでおぼれ死ねー!」
妹の見事過ぎる飛び回し蹴り(脅威の空中3回転)を食らってそのおかしい頭から突っ込んで跳ねた。
*
「で、結局恭介は何がしたかったの…………」
少し嫌がる素振りを見せる鈴の髪の毛をこしこしと拭きながら、傍らに倒れ伏す恭介に侮蔑の視線をくれてやる。
勿論足は後頭部につけてふざけた発言をした瞬間に捻りながら押し込む準備。
鈴は蹴る時以外は僕の傘の中に入っていたから大した事はなかったけど、恭介は酷かった。
濡れに濡れた衣服と泥に塗れた全身。濡れ鼠どころかゾンビ状態の恭介を校内に入れるわけには行かなかったので、ここは玄関口だ。
もちろんこの変人を拭いてやる気はない。
「暇だったんだ。だから諸積さんを見習ってみんなを喜ばせるためにパフォーマンスをしようかと」
ぐんっ、と踏みつける。
『はうっ』とか言う気持ち良さそうにしている声が聞こえた。気持ち悪かった。
「んみゅ、にゃ、にゃ、やめれー!」
なので、鈴のほっぺたをふにふにして僕は荒んだ感情を浄化した。
その後で恭介に事実を告げる。
「みんな恭介のアホさ加減に呆れて先に帰ったよ。と言うか恭介の行動はもう諸積さんに失礼だよ」
なんたって向こうはプロだ。あれだって一応はプロ意識の成せる技であるはずで、だとするとみんなを喜ばせるの前に『暇だった』が来ている恭介は限りなく彼を愚弄しているのではないだろうか。
だいたい桁だって違う。万のお客さんを前にしたプロの気遣いと、一桁のチームメイトを相手にした変態野郎の自己満足オナニーでは格が違い過ぎる。
けど、恭介は言う。
「ふざけるな理樹! 全世界に居る108人のリトルバスターズファンに失礼だと思わないのか!」
「それっぽい数字を言えば納得されるとか思わないでよね」
なんだよその数字は除夜の鐘じゃあるまいし。
パワ○ロのマイライフモードのファンの数の方がまだ説得力のある数字に思えるいい加減さだ。
拭いて乱れた鈴の髪を整えるため、櫛を取り出す。
「そ、そんなん自分で出来る!」とか言って顔を赤くしてるけど無視だ。さっきもそうやった。
でも本当は悦ん……喜んでるんだから鈴は可愛いなぁ。
「くそ! 何故理樹には伝わらなかった!? 俺にはパフォーマンス精神が足りなかったのか!?」
「伝わったよちゃんと。恭介のダメ人間加減は」
事故で怪我して長いこと休んでから戻ってきてしかも金融危機から来る不況と言う現実に参って余計におかしくなった恭介は冬に入ってから『あのときさーいこうのりあるがむこうかーらー♪』とか一曲歌った後に『俺の存在は単純じゃねぇー!』と絶叫してからずっとこんな感じだった。
どうやら数年遅く中二病を患ってしまった感もある。
なまじ僕と鈴のために虚構世界とか後で勝手に名付けた世界をマジに作り出してしまったせいで加速度的に悪化してしまってもいる。
酷い時は額を押さえながら「くっ……! 俺の中に封印していた虚構世界が……!」とか口走ってたし。
いっそ雨風の中に放置して風邪でも引かせてしまえばダメ人間加減が180度回転してよかったかも知れない。
「にゅ……ねむ……理樹、あたしはお前の膝の上で寝るからこの馬鹿から足を離して正座してくれ」
「えー。恭介が暴走するよ、そうしたら……」
「大丈夫だ。あたしの携帯電話を渡す。恭介の携帯の番号を入力した後で『追い詰められたセル』と呟くと恭介が自爆する仕組みになっている」
「まじで?」
「くるがやとはるかがそう言ってた」
なら多分マジだ。
特に虚構世界から帰って来た後の葉留佳さんは整備委員とか通り越して凄い勢いで発明に目覚めたからなぁ。
『逃げてヨシと言ったカネ?』とか言いながら髪の毛伸びた事もあったし。
恭介に謹製自爆装置を仕込むくらいは朝飯食べながら片手で出来るだろうなぁ。
「と言うわけで恭介、イチャつきながらで悪いんだけど自爆スイッチ押していいかなぁ」
「おいおい投げやりだな理樹HAHAHA。「追い詰め」待ってくれ、待つんだ、理樹。きっとお前が唸るようなパフォーマンスを俺は開発するから」
「まずはそこから離れて欲しいんだけど」
呆れてると、下から鈴の穏やかな寝息が聞こえて来た。
早っ。と思いながら指で唇に触れる。やーらかい。
「そうだ! トラ○キーだよ! トラ○キーになって戦うぜ、野球部の佐伯と」
「られた」
「うおおぉぉぉぉい!! 頼む、俺にはもうこの生き方しかないんだ!」
「へぇー、ふぅーん、で?」
曲芸師にでもなるつもりだろうか。いくら就職難の時代だからって絶望するには早すぎる。
鈴の首元を愛でながら僕が思うに就職云々は何かの間違いで、実は虚構世界に満ちたよくわからない物質に脳を冒されたとかではないだろうか。
クドの胸が順調に成長してしまっていたり来ヶ谷さんが制服をきちっと着たり二木さんが風紀委員を従えて実力行使で学校の実権を掌握したり転校して来た金髪の少女が「スパイです。よろしく。おっと、でもスパイなのは秘密」とか口走ってたのとかその辺の事もあるし。
僕も、強くなったとかそういうの以外にも変わったよね、って言われる事がある。指摘されるほど過激にやってるつもりはないけど主に人目も憚らず鈴とイチャつく的な意味でらしい。
「くそ! こうなったらドア○に挑んでやる! 邪魔をするなら森野だってビョン様だって倒してやるぜ! 今度の就職活動は名古屋だ! おみやげにもみじ饅頭買って来るぜ!」
「あー、うん。もみじ饅頭の売ってる名古屋がどこの異次元世界にあるかは僕には分からないけどまぁ恭介は凄いしどうにかしちゃうよね? 行ってらっしゃい」
言いながら、そろそろやっぱりそれなりに鈴の色んなところを愛でる。
よく寝てるなぁ。
さすがに校舎の玄関口でこのまま居つくのはまずいし、恭介も財布と携帯を確認して破れて折れたビニール傘を引っ掴むなり泥塗れの制服のまま豪雨の中に消えて行ったし僕らもそろそろ寮に帰ろう。
そして真人を追い出して鈴が起きるまで愛でたら鈴と思う存分イチャつく。主にここでは出来ない事で。
あとちなみに今はプロ野球はシーズンオフだけど恭介はどうするんだろう。
その後、恭介を見たものはいない。
とか言えたら悲しいようで割と楽だったけど、何て事はなくて翌日の晩御飯の時間の食堂に、「腹減った、おばちゃん、飯」とか言いながら帰って来た。
疲れから正常になったのかと思ったら帰って来た翌日からの恭介は「ぐぅ……! 俺の身体に巣食った虚構世界が暴れてやがる……! こいつを出したらこの現実世界が……!!」とか苦しそうにしていてやっぱり変だった。