胸に夢見て       翔菜



「鈴の胸が大きくなった」
「えっ」
「えっ」
「なにそれこわい」

 唐突な理樹の言葉に珍妙な反応を返したのは、無論真人謙吾恭介だ。
 しかしよくよく考えれば無理もない反応でもあった。
 下には下が居るもので、鈴より小さい者はリトルバスターズ内だけでも2人居るのだ。
 ご拝読中の諸兄には、その2人に比べ、鈴はまだ将来性があるように思えるだろう。

 だが、恭介は実に冷静に、理樹に向かって言う。

「マッド鈴木も言っていただろう、理樹。『――彼女は、いい研究対象になりえる』と」

 それ即ち、将来性がない故にそう言った研究対象として興味深いと言う事である。クドはあれでもクオーターだし、突然変異の可能性もある。美魚? 知らん。
 絶望的なまでの絶壁を如何様にして育てるか…………そこにエロや性欲はない。ただただ研究者としての好奇心があるだけだった。それはそれで問題ありそうだが。
 鈴が絶壁なら鈴より下の2人はって? 抉れてんじゃねえの?
 ともあれ、信用の置ける変態研究者に言わせれば鈴に将来性はないのである。
 それに比べて。一般的な高校生男子もとい男の娘の理樹の言葉が信用出来るはずもない。
 故に、真人と謙吾の2人も、すぐに恭介に便乗した。

「そうだぜ、理樹。鈴の胸が育ったなんて、鍛えて大胸筋が立派になったとしか思えねえ」
「真人の言うとおりだ。まだ、理樹の胸が成長して巫女服がきついと言われた方が説得力がある」
「ないよ全くこれっぽちもありはしないよと言うか謙吾は巫女服なら何でもいいんでしょ!」
「ふ、ふざけた事を言うな! 古式以外は理樹の巫女服姿にしか興味はない!」

 是非ともその古式さんに伝えてあげたい言葉だったが、残念ながら今はそんな余裕はないし本題でもない。
 それは、話が一通り終わった後で、本棚に置いてあるアマ○ンの空箱の中のボイスレコーダーからPCに取り込み都合よく編集して行うべき仕事だ。

「つまり、今俺と話をしたければ巫女服を着るんだ理樹!」
「まあいい、理樹。詳しく話せ」
「ああ、いいトレーニング法があるならオレも知っておきたい」
「わ、わかった。詳しく話すね……」

 巫女服野郎はどうやら理樹が巫女服を着ないと話す気がないらしいので、全員で無視した。

「昨晩、鈴とチョメチョメしてたんだけど……」
「チョメチョメってなんだ? 筋トレか?」
「甥の名前は月(ムーン)でいいかな……」
「巫女服プレイだとっ!?」

 困ったことにこの中では真人が一番まともな反応である。

「で、時雨沢的表記なら××××になる行為をしようとしたわけだけど、そしたら鈴の胸が大きかったんだ……」
「可能性としては……ひとつしかないな」
「え、なにか心当たりがあるの? 恭介」
「マッド鈴木だ。ヤツが研究を完成させたとしか思えん。……理樹、ひとつ確認しておきたい事がある」

 きっ、と目を細め、恭介は真剣な表情を作る。
 部屋の空気が若干固くなり、静寂が訪れた。
 蛍光灯が、寿命が近いのか明滅し、深刻な雰囲気を作り出し加速させて行く。

「大きい鈴は、どうだった。正直想像が出来ん。だが、知っておく必要がある」

 最低の兄だった。

「何て言うか……幸せだった。いつもが一丁拳銃だとすると、二丁拳銃くらいの勢いで頑張っちゃったよ僕。薬品の臭いとかはしなかったし、アレはやっぱり……」
「そうか……しばらく(風呂に入っている姿を)見ないうちに……鈴はそんなに成長してやがったのか……」
「ところで恭介」
「なんだ、理樹」

 穏やかな笑みを向ける。よく育てたな、と言わんばかりだった。
 お前になら鈴を任せられる、と。恭介はそんな事を思う。


「ここまで全部僕の見た夢なんだけど」


「って夢オチかよ!? 無理矢理感満載だな!!」
「なにぃ!? じゃあ鈴の大胸筋は鍛えられてなかったってのかよ!?」
「ふっ……俺もよく、巫女服な古式と理樹に足蹴にされる夢を……」

 三者三様の反応。恭介以外は我が道を行っていたが。
 その反応を見てから、理樹は小さく笑う。

「夢と言っても、見た夢じゃないよ。ナルコレプシーは完治したけど、まだ夢を思い通りにコントロールは出来なくてね」

 そんなもん患ってない人でも出来るわけがないのだが、純真な理樹は出来ると思っているのだ。
 そっとしておいてあげよう。少年の夢を壊しちゃいけない。

「夢……なんだ、そう。将来の夢」

 照れくさそうに、頬をかきながら理樹は言った。

「鈴の事は好きだけど……出来れば大きい方がいいから」

 ぐっ、と握り拳を作りながら、前を見据えた瞳で。
 男の娘でもなければ男でもない。ひとりの立派な漢が、ここに居た。
 まあ理樹だから漢の娘でもいいけど。

「だからちょっと今、育てがてらシミュレーションをしててね。ほら、鈴のおっぱいマウスパッドも作ってみたよ」
「なんだと!? 自作か!? だとしたら理樹、俺の分も作ってくれ!!」

 自慢げにブレザーの内側から取り出した理樹に対してそうお願いしたのは、勿論恭介である。
 愛が溢れすぎて病院に来てもらいたいくらいのどうしようもない兄貴(と書いてへんたいと読む)だった。

「やだなぁ、恭介。僕にそんな技術はないから、来ヶ谷さん作だよ」
「よし、今からちょっと女子寮に行って来る」
「オレは……おっぱいマウスパッドよりも大胸筋マウスパッドを……」
「もう巫女服ならなんでもいい!」



 こうしてグダグダのまま、男の夢を語り合う場となったのは言うまでもない。

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