魔法入りの瓶       空拭く



お昼とは比べ物にならない程、今日の夜は寒い。
道のいたる所にある落ち葉の小山を崩しながら、風は強く吹きぬける。
スカートの私にはちょっと堪える。
外で待ち合わせをすると風邪をひいてしまうので、待ち合わせは第二美術室から近い階段前になった。夜の校舎は何の物音も無く、光源と言えば火災報知機の赤のライトと非常口の緑のライトだけ。二色に重々しく照らし出された廊下や壁は不気味を通り越して、…こ、言葉にできない。

「…うぅ」

約束の時間より30分早く到着。
理樹君を待たせてはいけないと思って、ちょっと早く着きすぎた。

「……」

それと、少し浮かれていたから。

「…ふふっ」

今日のお昼の時の台詞が、少しだけロマンティックな感じだったら。私の瞳をのぞく彼の眼が、とっても真剣だったから。
思い出すだけで頬が温かくなる。とっても嬉しかった。



「ごめん、小毬さん」
「時間はまだ五分前だから、だいじょうぶですよ〜」
「でも結局は小毬さん待たせちゃったから」
「気にしないで〜、私が勝手に早く来ただけだから。それにしても、理樹君大きな荷物だねー」
「寒そうだったから、防寒具持ってきたんだ。それに、小毬さんだって結構大荷物だよ?」
「私は普通だよ〜」
「普通にしてはちょっと大きいと思うけど。よし、行こう。小毬さん」
「うん」

理樹君と一緒に段差を一段一段ゆっくりあがる。
大きな窓から覗く月明かりで、不気味な二色の廊下とは違って階段は少し神聖な感じに見える。だからかな。横をあがる理樹君の顔は、いつもと違った雰囲気。

「どうかしたの?小毬さん」

動くピンクの唇は女の子っぽくて、でもこっちを見る茶色の眼は男の子で。
いつもより近くで見えるそれらは、いつもと違った感じで見えて。
少し鼓動が早くなる。

「ううん、何でもないよ」



窓から出て屋上に立つと、風が容赦なく冷たく刺さる。もう少し厚着してくれば良かった。

「それにしても、また急だったよね。星を見るのが誘ったその日の夜だなんて」
「思い立ったが吉日、でしょ?」
「うん、そうだったね〜」

今日は雲ひとつ無い晴天。
上を見上げれば満天の小さい星ぼし、下を見渡せば疎散の小さい星ぼし。
うん、やっぱり此処は、私の大好きなお気に入りの場所。

冷たい給水タンクの上、微弱に煌く星の下、私たちは並んで腰をおろす。

「今日はふんぱつしてお菓子かたくさん買ってきたんだ〜。でも、まずは温かくしなきゃね」
「うん、そうだね」

理樹君の持ってきた毛布に包まれて、少しの間静かに空を見上げる。
…ちょっと毛布でも寒いかな。理樹君も心なしか寒そうに見えるし。
うん。
バッグの中、たくさんのお菓子に埋もれていたそれを取り出す。

「理樹君、ほら〜」
「それは、魔法瓶?」
「うん、可愛いでしょ〜、ペンギンさんの魔法瓶。この前りんちゃん達と買い物に行った時に買ったんだ。そして今日は私、こーしーを作ってきました〜。前はとっても苦かったから」
「仕方ないよ、前のは砂糖入ってなかったからね。それで、そのコーヒー味見してみた?もしかしたらまだ苦かったりして」
「うん、今回はばっちしだよー。来る前に一杯飲んだから、はい理樹君」
「ありがとう小毬さん」

そっと手渡した赤色のカップから白い湯気が立つ。冷たい風が吹いても、理樹君が一生懸命息を吹いても、一向に湯気は消えなくて。諦めたのかそのまま理樹君は飲んでいる、うわわ、凄く熱そう。

「うん、温かい。ちょっと甘いけどおいしいよ」
「そう?よかった〜」

あれ?んー、実はおおげさに湯気が出てるだけで、そんなに熱くないかもしれない。
身体が少し冷えてきちゃったから、私も返されたカップに注ぎ、勢いよく口に含む。

「あふゃああぁぁ〜っ」
「小毬さん!?だいじょうぶ!?」
「……」
「こ、小毬さん、だいじょうぶ?」

とっても熱い。涙がでる。舌がちょっと痛い。

「ら、らいひょうふ…」

無理矢理流し込む。こーしーが通った所が熱をじわじわ伝えてくる。
やっぱり、味見した時みたいにちゃんと冷ませば良かった。
っというより理樹君よく飲めたね…。少し涙が止まらない。

「小毬さん、ちょっとごめんね」
「…ふえ?―――





何の物音も無い夜の校舎に響く二つの足音。
薄暗い廊下にある暗い光、火災報知機の赤のライトと非常口の緑のライト。二色に重々しく照らし出された廊下や壁はやっぱり少し不気味だけど、繋いだ手のお陰で、少し痺れた舌のお陰で、あまり怖く感じない。

感覚の少し無くなった交わる指から、じんわりと伝わってくる微熱。
とても熱かったこーしーの時とは違う、じんわりと広がる甘い痺れ。
恋の魔法にかかった様な夢心地。

とっても、幸せ。





不思議な出来事に心躍らす無垢な少女の様に、彼女の心は終始賑やかで
ガラスの靴を履く心優しい灰色の少女の様に、彼女の心はときめきで騒しく

御伽噺の様な月明かりの下、二人は手を繋ぎ歩いていく。

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