供え       空拭く



曇り空、外は慌しいけれど今日は休校。ベッドに一人横たわって、ただただゆっくりと過ごす。何も思わず、何も考えず。
「酷い顔ですね、佳奈多さん」
「…っ。ノックぐらいしなさい」
「しましたよ、3回程」
大声を出されてはじめて、目の前に人がいる事に気付いた。
私は相当上の空だったらしい。
「…ふんっ。それで、監視役のあなたが何故ここに?」
「これを持ってきました。葉留佳さんの物です」
差し出されたのは少し小さな段ボール箱1つ。見た目よりかなり軽い。
「態々ありがとう。用件は他にもあるんでしょう?」
「…明日、あなたを連れ戻しに来るそうです。そして、用意した『相手』と会わせると」
「そう、またいきなりね」
「あの人達曰く、心配だからだそうです」
「ふふっ私の身体や体調が?何処かに行かないか、でしょうどうせ」
「でしょうね。葉留佳さんの事は既に二木家に連絡されていますから。それで、あなたはどうするのですか?黙って戻るつもりは無いのでしょう」
「ええ、叔父様達の言いなりになる必要もなくなったしね」
「そうですか、これでお役目おしまいですね。…それでは、短い間でしたがありがとうございました」
「私こそ、色々迷惑掛けたわね。今までありがとう」
そして、ごめんなさい。
少し呆気にとられた様な顔をした彼女は、何処か悲しい音を立てて茶色のドアを閉じた。

それから暫く経って、気付けば外は静寂で真っ暗だった。ふと、さっき受け取ったダンボールを思い出して開く。中には沢山のビー玉が入った袋と淡い紫色のアルバムが1つ。小さなダンボールの中から薄いアルバムを取り出し、少しミントの香る布団の上で開く。
黒色の見返しと白色のページ。その真中に1枚、オレンジ色の夕日の中、心の底から楽しそうに笑う10人の男女が写る写真。彼女達の顔はどれも本当に幸せそうで。見ているこちら側もつられて楽しい気持ちになれる様な程、写る顔はどれも笑顔で。
ページを捲る。今度は一つのページに3枚ずつ、これらも夕日の中での写真。クドリャフカと暴れている長髪の少女を抱きしめ、その上から来ヶ谷さんに抱きしめられ笑うあの子。日傘をさした少女と白いセーターを着た少女、驚いている二人に笑いながら抱きついているあの子。
アルバムのほとんどがそんな感じかと思ったら、軽く被写体がぶれて写った、端にちょっとだけ写った写真が数枚ある。ちょっと可笑しい、あの子らしいけど。
後半は殆ど直枝理樹が写った写真だった。宮沢と大きな男に抱きつかれている写真。棗先輩と肩を組んでいる写真。

そして、照れている直枝理樹に抱きついているあの子。夕日のオレンジで少し解りづらいけど、多分赤くなっている。なんというか、微笑ましい。
ページを捲る。最後のページは空白、真っ白のままだった。



今日も曇り空。タクシーの窓から眺める景色はあの旅行の日のままで。流れる景色は、あの日と何も変わらない。タクシーから降りて一人、看板に塞がれた道に近づく。通行止めの大きな看板と、数日後から始まる工事について書かれた看板が置いてある、事故現場へと続く山道の入り口。看板を越えて、その場所まで歩く。
…そういえば、昨日で休校が終わりだっけ。本当なら連れ戻される事になっているし、もう、どうでも良いか。
急なカーブ、灰色の空が広がる場所。途中からガードレールが無くなっている崖上に立って、その下に広がる森を見下ろす。大きく丸く、木々の無くなった所一面汚く黒ずんで生々しい。
翌日、私は事故について担任に問い質した。内容は、簡単に言えばバスが崖から転落して爆発。その爆発に巻き込まれて、あのバスに乗っていた生徒達の身体は殆ど見つからなかった。見つかった身体も、完全なカタチを保っていた者は無かったらしい。左腕だったり、左足だったり。骨が飛び出ていたり、焼かれていたり。殆どパーツで、殆ど変わり果てていたそうだ。
今頃、学校では生徒達へ黙祷を捧げているのかもしれない。私も何となく持って来た白菊を、そっと地面に置く。風に吹かれ、かさかさと小さな音を立てて揺れた。

「供花。死んでその先、花の咲き乱れる美しい浄土に向かって欲しい…か」

馬鹿らしい。
…けれど、本当にそんな空想通りの場所があるのなら。あの子が、葉留佳がそこに逝けますよう。そこでずっと笑顔でいられますよう。
そう、花に祈ってみる。そう、思いを籠めてみる。
そして―

フフっ
なんて
本当に、馬鹿らしい

濡れた白菊は小さく転がって、綺麗に咲いたままゆっくり落ちた

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