瓶詰めの魔法       凛色



 ごっちん、と何かに頭をぶつけたみたい。痛くて目がさめた。
 すべすべした壁に手をついて立ち上がってみて、思わず私は「ほえ?」と呟いた。目の前に広がるのはどこかで見たような景色で、そして見慣れていたはずの人だった。
「ゆい、ちゃん…?」
 ゆいちゃんが真剣な顔でマイクに向かって何か言っていた。私は内容が耳に入ってこない程、ゆいちゃんを見つめていた。綺麗だなぁとか、大人っぽいなぁとか、そんな事を考えてた。
 お人形みたいなゆいちゃんに触ってみたくて、手を伸ばしたけど、何かにぶつかった。
 
ちょっと動き回ってみたら、私は小さくなっていて、ジャムのびんみたいなのに捕まってるんだってわかった。だからゆいちゃんがこんなにも大きく見えるんだ。

 色々分かったら、何か聞こえてきた。ゆいちゃんの声だった。
「以上で、昼の放送を終了します」
 お昼の放送ってなんだろ?そんなのやってたっけ?うんうん思い出そうと唸ってたら、ゆいちゃんが私のほうを見て驚いた。すっごくびっくりしたみたい。
「これは…小毬君の…人形、か? 何故こんな所に」
「ゆいちゃん、違うよー」
 そう言っても瓶のせいで声は届かない。どんどん瓶を叩いてみても気づいてくれなくて、ちょっと怖くなった。普通どんどんってしてたら気づいてくれると思うんだけど、なんでか駄目だった。もしかして、外から見たら私は動いてないのかな?なんて思った。
「でもなんとかなるよね、ようしっ」
 ポケットにあったお菓子を食べて、頑張るのです。

 ゆいちゃんは私が入った瓶を寮まで運んでくれるみたい。ゆいちゃんならだいじょぶだよね。
 それにしても、私は歩きながら運ばれてるはずなのに、全然揺れを感じない。でもちょっとは揺れて、ゆりかごみたいで、良い感じに眠くなってきた。
 うとうとしていたら、上から声が聞こえた。
「あれ? 姉御、なに持ってるの?」
 この声、はるちゃんかな?いつもの元気な声だからすぐにわかった。
「ん、いや、放送室に居たらいつの間にか隣に居た」
「ふーん…でもこれ、すっごくこまりんに似てますネ」
 私本人だから似てるとかそういうのじゃないんだけど…。このままはるちゃん気がついてくれないかな。実は人形じゃなくて本人なのですって。
「姉御、ちょっと貸してー」
 あ、もしかして気がついてくれたかな?ほんのり希望を込めてはるちゃんを見上げる。ちょっと変わったツーテールが可愛くてうらやましい。
「どうするんだ?」
「こまりんの所まで連れてってあげるんですヨ!」
 もしかしたらこまりんファンのかもしれないけどーって笑いながら言ったはるちゃんを、今度はちょっぴり怒った目で見上げる。それに気がつかずに、はるちゃんは私をゆいちゃんから受け取った。ゆいちゃんは苦いものを食べちゃった様な顔で笑ってこう言った。
「大事に扱えよ?」
 その後、物凄いスピードで見えなくなっちゃったのにはびっくり。


 
 私を意気揚々と運ぶはるちゃんは
「さあさあこまりん人形のおなーりー」
 みんなー道を開けろーって言いながら私の部屋へ向かって歩いてる。ずんずん歩くから、ゆいちゃんと比べてすっごく揺れる。ちょっと酔っちゃうぐらい。
 あともう少しで私の部屋って所で、偶然にもクーちゃんに出会った。それも私の部屋の前で。マグカップを持っているって事は、私にお茶葉を分けて貰おうとしてたのかな?ごめんね、クーちゃん。
「あ、葉留佳さん。こんばんはですー」
「おーちょうど良い所にわん子が」
「はい? 私に何か用事でしょうか?」
「ううん、こまりんに用事。クド公もそうなんでしょ?」
 クーちゃんはマグカップを自分の後ろに隠しながら、もじもじとこう言った。
「お茶葉を分けてもらおうと思ったのですが…どうやら留守のようで」
「え? こまりん留守なの? うーん…じゃーどうしよっかなーこれ」
 瓶をふりふりと振らないではるちゃん、お願い。頭がごつんごつん当たるし、酔っちゃうってばあ…。
 私がふらふらしていると、クーちゃんが私を覗き込んで目を輝かせていた。クーちゃんお人形とか好きそうだから、興味あるのかな?
「こ、これは…?」
「んー? 姉御経由で、ちょっとね。今持ち主捜してるとこ」
「そうなのですかー…」
「こまりんの部屋まで来れば平気かなーって思ってたんだけどねー」
「あ、あの!葉留佳さん!」
「ん? どしたーわん子」
 何やらクーちゃんが顔を真っ赤にしはじめた。どうしたんだろう?
「その人形…私が預からせてもらってもいいでしょうか?」
「え? 別に良いけど、ちゃんと持ち主に返さなきゃいけないですヨ?」
「はいっ!必ず持ち主さんを見つけてみせるのです!」
 はるちゃんは私をクーちゃんに渡して、自分の部屋に戻って行っちゃった。

 
 
 にこにこしながら、クーちゃんは私を抱えて歩く。ゆいちゃんとも、はるちゃんとも違う独特のリズム。ぽわぽわしてるかんじで、凄く気持ちいい。またうとうとしていたら、クーちゃんの声が聞こえてきた。
「本当に可愛いのです…こっそり持って帰っては駄目でしょうか…」
 呟いたクーちゃんの声が本気っぽくて、ちょっと焦った。
「はっ!駄目です、ちゃんと持ち主さんに渡さなければ…」
 思いとどまってくれたようで一安心。落ち着くためにお菓子でも食べましょう。
 チョコを一口齧って幸せな気分。するとまた上から声が聞こえた。
「あ、西園さん。こんばんはーです」
「能美さん、こんばんは」
 みおちゃんに会ったみたい。リトルバスターズは皆仲良しさんなのです。
「手に持っているものは一体なんですか? 見たところ神北さんの人形のようですが」
「これはですね、かくかくしかじかなのです」
「なるほど。では、持ち主に返せば良いのですね?」
「持ち主さんを知ってるですかっ!?」
「見当はついています。多分あの人でしょう」
 みおちゃんが珍しくきっぱりと言い切ったのを見て、クーちゃんはちょっと残念そうです。それにしても、持ち主の見当って誰だろう?
 クーちゃんからみおちゃんへ渡った私は静かにゆっくり揺られてある人の元へと向かいます。


「で、俺のところに来たのか?」
「はい。貴方ならバスターズ全員の人形を持っていてもおかしくありませんから」
「俺はどんだけ変態なんだよっ!」
「しかもスリーサイズはぴったり」
「そんなん無理だろ!?」 
 みおちゃんが来たのはきょーすけさんの部屋。私も、悪いと思うけど、恭介さんならみんなのお人形持っててもおかしくないと思った。ごめんなさい。
「まあ理由はどうあれ、俺のところに持ってきたのは正解だな」
「ではやはり恭介さんの」
「違うけどな。持ち主を知ってるって事だ。ご苦労さん、西園」
「この事は秘密にしておきますから、安心してください」
 みおちゃんが部屋から出たあと、きょーすけさんはさっきのゆいちゃんみたいな顔をしながら呟いた。
「だから俺じゃないんだが…それに、人形じゃないしな。大丈夫だったか小毬?」




 その後、きょーすけさんに寝るように言われて、硬い瓶の底で目を閉じていたらいつの間にか眠っていた。目を開けると、そこにはふわふわな綿菓子の様な景色が広がってた。その景色に見とれてぼーっとしていたら、後ろから肩を叩かれた。
「ほえ?」
「おはよう、小毬」
 振り向くとそこにはきょーすけさんが立ってた。でもさっき見た時よりもちょっと大人っぽくて、かっこよくなってて、びっくりした。思わず確認しちゃうほど、びっくりした。
「きょーすけ、さん?」
「ああ、正真正銘きょーすけさんだ。」
 笑いながら私の頭を撫でるきょーすけさんは、よく見るとやっぱりきょーすけさんだった。私は安心してきょーすけさんに抱きつくことが出来た。
「楽しかったか?」
「うーんと…ちょっとだけ、怖かった、かな?」
「そりゃまた何で」
「最初、私の声がみんなに聞こえないって分かったら、ちょっと」
 俯きながらそう言うと、またきょーすけさんは私の頭を撫でてくれた。気持ちよくて、ほわほわってなる。抱きついた手を少し緩めようとしたところで、ふと気がついた。何で抱きついてるんだろう?
「ほわあああああああああああああああ!?」
「うおっ!?」
「嫌じゃないけどやっぱりまだ早いしそれにまだお互い知り合ったばっかりだしその、あの…」
「…ああ、まだお前自分が高校生だと思ってるのか。だったらその反応も仕方ないか」
 意味の分からない事を呟いたきょーすけさんは、私の手を引っ張って私を抱きしめて、顔を近づけてくる。これってもしかして、ちちちちちゅーですか!
「きょきょきょきょーすけさん?」
「じっとしてろ」
 そのままきょーすけさんは顔をどんどん近づけてきて、目をつぶった。
 私はと言うと、まつげ長いなぁとかそんな事を考えて、目の前の出来事から逃げようと必死に努力していた。けれど、それは無駄だったようで、どんどん顔と顔の距離が縮まっていって、そして、あと数cmって所で――――――















 目が覚めた。
 
 隣ではきょーすけさんがすーすー寝息を立ててる。
「変な夢、見たなぁ…」
 高校生の私が瓶の中に入っちゃって、それで皆の所をぐるぐる回る。そんな夢を見ていた、様な気がする。でも、なんだか楽しかったな。久しぶりに皆の顔を見れたし。昔の顔だけどね。
 枕元の時計をちらっと見てみる。九時半。うん、ちょっと駄目かも。
「きょーすけさん起きて!遅刻しちゃうよ!」
「ん…あと少し、一時間弱…」
「今日は皆が帰ってくる日だよ!うちでパーティするから迎えに行くんだって言ったじゃん!」
「……………今何時だ小毬っ!」
「九時半ですっ!」
「マジかっ!急ぐぞ!」
 日本中、いや海外にも行っちゃった皆が久しぶりに全員揃う、その日まで遅刻しかけた私たちは慌しく身支度をして、車に乗り込んだ。運転は私。きょーすけさんに任せると事故になりそうなんだもん。
 運転しながら、私はきょーすけさんに話しかける。
「そういえばね、私今日変な夢見たの」
「変な夢?」
「うん。私が小さくなってジャム瓶の中に入って、皆の所を回るの」
「…なんだそりゃ」
 呆れたように笑うきょーすけさんを見て、私も思わず笑う。
 でもね、って私は笑いながら付け足す。
「何か皆も同じような夢を見てたような気がするんだ」
「…そうか、俺たち以外にもそんな夢見た奴が居たら、奇跡かもな」
「ううん。きっと、神様が魔法をかけてくれたのです」
「サービス精神満載の神様だな」
 
 一緒に笑う。
 皆と会うのが楽しみで、笑った後も頬は緩んだままの私たち。
 会ったら何を話そう。それはもう決まってる。

 魔法の時間を過ごした、高校生活を、笑いながら話すのです。

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