好きだからこそ TAIKI
最近葉留佳さんの様子がおかしい。
1週間ほど前からだろうか、いたずらをする様子が全く見られない。
全体的におとなしくなったというか、そんな感じ。
付き合い始めて約1ヶ月だけど、こんな葉留佳さんは見たことがない。
別に元気がないわけじゃないし、これはこれでかわいいからいいかなーと思ってたけど……
葉留佳さんらしくない。そこだけが引っかかる。
そう思ってるとその本人が僕のいる教室に来た。
「あ、理樹くん、一緒に帰ろ?」
「うん、行こっか」
2人で並んでの下校。ただ、やっぱり葉留佳さんの口数が少ない。
でもその横顔は穏やかで、見ていて癒される。……癒される? やっぱり何か違う。
普段はもっと積極的に話していたはずだ。
「ちょっと理樹くん、何ボーっとしてるの?」
「あ、ゴメン。ちょっと考え事を……」
「もう、浮気とかだったら許さないよ?」
100%葉留佳さんのことなんだけどね。
「あ、もう着いちゃった。もっと一緒にいたかったな」
「僕もだよ。それじゃあまたね」
「うん、また明日」
いつものように、手を振って寮の前でわかれた。
「……というわけなんだけどさ」
一人では分からなかったので寮に帰り、真人と謙吾に相談してみた。しかし、
「彼氏に分からないことが俺に分かるかよ」
「五月蝿くなくて良いじゃないか」
と、全く頼りにならない。ああ、どうして恭介はこんな時に就活なんだろう。
気分を変えるために中庭の自販機にジュースを買いに行くことにした。
辺りは少し暗くなりかけてるし、さくっと買って帰るかな。
歩きながら僕は考える。今までは大したことないと思っていたけれど、やっぱり葉留佳さんらしくないのは嫌だ。
口調もいつもの特徴的な方が耳に心地よい。行動も騒がしい方が明るくて好き。
そんな少し恥ずかしい感じのことを考えつつ自販機の前へ行くと、先客がいた。
「やあ理樹君、奇遇だな」
飲み物を取り出して、黒髪をなびかせつつ振り返ったのは来ヶ谷さんだ。
そうだ、来ヶ谷さんなら何か知ってるかもしれない。
「来ヶ谷さん、最近葉留佳さんが変なんだけど何か知らない?」
「変なのはいつものことだろう。むしろ変でなかったことがない」
「そうじゃなくて、変じゃないことが変なんだよ」
「ふむ、確かにあのように静かに佇むのは見たことがないな」
「だよね。ってええ!?」
来ヶ谷さんの目線を追ってみると、いた。葉留佳さんだ。
ベンチに座り、花が咲いている一角を見つめ微笑を浮かべている。
僕はその姿に見とれてしまった。オーバーかもしれないけど、女神のような雰囲気 に。
だからいつの間にか来ヶ谷さんが居なくなっていたことに気がつかなかった。
葉留佳さんの方にはいないし、帰ったかどこかで見ているかのどちらかだろう。後者はかなり迷惑だけど。
やはりいつもと違う雰囲気に話しかけ難くなるが、意を決して近づき、声をかける。
「……葉留佳さん、どうしたの?」
「あ、理樹くん。花を見てたの。綺麗だよねー」
「それは分かるけどさ、最近おかしいよ? なんだか葉留佳さんらしくないっていうか……」
「え……ちょっと、どういうこと!?」
態度を急変させた葉留佳さんは僕に詰め寄ってきた。
葉留佳さんにとって予想外のことを言ってしまったようだ。別に変なことは言ってないつもりだけど。
「もしかして……覚えてない?」
「ええと、何を?」
「理樹くんがこの前言ったんじゃない、もう少し女の子らしくした方がかわいいって!
だから口調とか仕草とか頑張って変えたのに! それをおかしいって……理樹くんのバカ!」
そう言い終えると、僕に背を向けて泣き始めてしまった。
ああ、そういえばそう言ったっけ。悪いことしたな……とりあえず謝ろう。
「葉留佳さん、その……ゴメン。でもかわいかったよ」
「……そりゃあ忘れてたんだから不意を付かれたんだろうね」
うわあ、完全にご機嫌斜めだ。こんな態度とられたことなかったから心が罪悪感で一杯になる。
今できる事といえば、誤解のないよう自分の気持ちを伝えることだけだ。
「葉留佳さん、あれはその……ちょっとそういう葉留佳さんも見てみたいって言う意味だったんだ。まさか毎日続けるとは思わなくてさ……ゴメン」
「私は何気ない一言でも聞いてるよ? ……もっと理樹くんに好かれたいから」
涙はおそらく止まっているように思える、けれども湿った声でそう告げる葉留佳さん。
その一言が、どれだけ僕を思ってくれているかがよく分かる。
葉留佳さんへの感謝と、自分の憤りを感じずにはいられない。
ゆっくりと後ろから抱きしめ、勇気を出して、告げる。
「僕はどんな葉留佳さんでも大好きだよ。だからさ、無理しないでありのままでいてくれたらそれでいいよ。自分を作るなんてこと、もうしなくていいんだからさ」
「……じゃあ、今夜は甘えていい?」
「うん、もちろん」
そう言い終わると同時に、ぎゅっと抱きつかれた。まるで今まで貯めていた思いをぶつけるかのように。
「理樹くん、ありがとね。こんな私を好いてくれて」
「……こんな、なんて言わないでよ。僕にとって葉留佳さんが特別なんだから」
「あぅ……そんな台詞反則だよ、ぐすっ……」
また泣きそうになる葉留佳さんを抱く力を強める。それに応じるように強く抱きしめ返してきてくれた。
「……そうだ、今度は理樹くんが性格変えてよ。私だけじゃ不公平ですヨ。それか外見でもいいよ? 女装とか」
すっかり元の調子に戻ってくれた葉留佳さん。嬉しいけど、きっと気苦労が絶えなくなるだろう。
それでもこの最高の笑顔を見てると、そんな小さなことなどどうでもいいほどに心が満たされる。
僕たちはまた一歩、お互いの理解と絆を深め合ったのだった。