宝の山に見えて、ついカッとなってやった。反省しているが後悔はしていない――容疑者の供述より抜粋       ウルー



「ミステリーはお好きですか? ……でしたら、このお話などどうでしょう。読み進めながら犯人が誰なのか考えるのも、また一興だと思いますよ。そう、犯人は……あなたもよく知っている、あの人ですから――」










   May’n探偵絶対可憐直枝理樹のごとく2ぶんの1  事件ファイルNo.69
   「小毬さんのおパンツ事件その2 〜変態は誰だ!?〜 」






 小毬さんのぱんつが盗まれた。

「な、なんだと!?」

 とりあえず最有力の容疑者である来々谷さんにそれとなくその旨を伝えてみると、本気で驚かれた。この手の演技は苦手な人なので、本当に知らなかったらしい。

「本当なのか、小毬君」
「うん……女子寮に干しておいたのが、昨日なくなってたの」
「ということは」

 来々谷さんの視線が、下向きになっていく。ちょうど小毬さんのスカートに当たるあたりで固定された。

「小毬君、今、ぱ、ぱんつ、は、はいてな……って、前にもこんなやりとりなかったか?」

 まあ○ディアワークスより好評発売中の公式4コマコミック1巻を参照ってことで。

「ふっ、そう何度も同じ手には乗らんぞ」
「いやまあ、来々谷さんが勝手に妄想してるだけなんだけどさ。でも、今回はその妄想もあながち間違いじゃないんだよね」
「なんだと? どういうことだ少年、ちゃんと説明しろ」

 来々谷さんの表情は真剣そのものだ。こんなことに真剣になられても困るけど、興味なさそうにしてたらそれはそれで天変地異の前触れみたいで恐い。

「ここ最近、ずっと雨が続いてたでしょ?」
「まあ、梅雨だからな」
「で、小毬さんは太陽の光を直接たーっぷり浴びたぽっかぽかのぱんつじゃないと穿きたくないっていうポリシーの持ち主だ」

 ここまで言ってしまえば、来々谷さんほどの人なら状況は完全に飲み込めているだろう。すでに視線を小毬さんのスカートへと戻し、ハァハァと息を荒くし始めている。

「小毬さんは……いつか晴れの日が来ると信じて、ぱんつを洗濯せずにしておいたんだ。そして一昨日の夜の天気予報は……明日は降水確率0パーセント。雲一つない青空が広がるでしょう。小毬さんは、溜まっていたぱんつを喜々として洗濯機に放り込んだ」
「り、理樹くん、そんな風に話されると恥ずかしいよ〜……」

 スカートの裾をぎゅっと握ってもじもじする小毬さん。さらに息を荒げる来々谷さん。僕は平静を装った。

「その翌日、つまり昨日。ようやく暖かな日の光を浴びることのできたぱんつたちは、しかし何者かの手によって盗まれてしまった。さらに」

 来々谷さんが、ごくりと喉を鳴らすのが聞こえる。どんだけ期待してるんだ、この人は。

「不幸なことに……小毬さんが昨日穿いていたぱんつは、なけなしの、最後の一枚だった」

 そして。女の子たるもの、洗ってもないぱんつを二日連続で穿くなんてこと……できるはずがない。

「と、いうことは。小毬君は今、の、の、の、のーぱ、のーぱ、ののののーぱぱぱ」
「興奮しすぎだからね来々谷さん」
「これが興奮せずにいられるか!」

 まあ気持ちはよくわかる。僕だってそうだった。でもね来々谷さん。こんなの、まだ序の口なんだよ。

「え、えっと〜……確かに穿いてないんだけど、でも、だいじょうぶ、だから〜」

 ああ、やっちゃうのか。やっちゃうのか小毬さんっ!
 小毬さんがっ! スカートの裾にっ! 手をかけてっ! ピラッとっ! 捲り上げるっ!

「ほら、代わりにこれ穿いてきたから。だいじょうぶ、だよ〜」

 そう、それは――素肌の上に、ピッチリした紺の、スパッツ。

「サンキュースパッツ!!」

 来々谷さんは鼻血を吹きだしながら倒れ伏した。

「ほわあっ!? ゆ、ゆいちゃんどーしたの!? 理樹くん、ゆいちゃんが、ゆいちゃんがー!?」

 ふふ……かく言う僕も、鼻血ダラダラでしてね……。





 奇跡的に復活を遂げた来々谷さんとともに、空き教室を無断使用してぱんつ泥棒をひっ捕らえるための捜査会議を開くことになった。

「許せんな、犯人め。水色フリル付きでサイドにリボンの可愛いのも、パンダ柄に淡いみどり色のも、アリクイ柄もいちご柄も、さわやかなグリーンストライプも、落ち着いた感じの無地も、先日恭介氏のために購入した黒くて透け透けで紐なほとんど下着としての役割を果たしていないものも……全て! 全て盗んでいったというのか!」
「あの、ゆいちゃん? どうしてそんなに私の下着事情を……」

 卒業して今日も世界のどこかで一人せっせと働いているはずの恭介に対して軽く殺意の波動を送り込んだ後、手がかりになるか分からない程度の“気になること”を言ってみることにした。

「この前の下着泥棒が持っていったのはぱんつだけだったけど、今回は違うんだよね。一緒に干しておいたぶらじゃーとか靴下とかも、根こそぎ持っていかれてる」
「ふむ……しかしそれは、干されている洗濯物の中からぱんつだけを抜き取るのが面倒だったからではないか? そうでないとしても、年頃の娘が身に付けていたものだ。私が犯人だとしたら、ぱんつだけで我慢しろというのは無理な話だな」
「まあ、別におかしなことではないんだけど、ちょっと引っかかるというか……」

 それが何なのか説明するのにうまい言葉が浮かばず。あれこれと考えているうちに、教室後方の引き戸がガラリと音を立てて開いた。

「こんなところにいたの、あなた達」
「大変ですわ、神北さん!」

 やって来たのは、風紀委員として現場検証をしていた二木さんと、小毬さんと同室であるという立場からそれに同道していた笹瀬川さんだった。

「た、たいへんって……どうしたの、さーちゃん」
「あなた、今朝部屋を出る時に鍵を閉め忘れていったでしょう!?」
「え? えっと〜……あれ、どうだったかな?」

 う〜んう〜んと可愛らしく唸りながら懸命に思い出そうとしている小毬さんだったけど、これはどうも笹瀬川さんの言うとおりだと考えた方がいいみたいだ。二木さんも同じ考えに至ったのか、溜息をひとつついた後に説明を始めた。

「神北さんが昨日着ていたという下着……昨日の今日だから外には干さなかったようだけど、部屋に置いてあったはずのソレが無くなっていたのよ」
「え、ええ〜っ!?」
「そう、昨日あなたが身に付けていた……あの、黒くて……ああっ、これ以上はわたくしの口からは言えません! とにかく、件の変態に盗まれたに決まっていますわ!」
「くぅ……っ! 昨日か、昨日だったのか! 昨日の小毬君は黒くて透け透けで紐だったのかっ!」

 来々谷さんだけ思考が別ベクトルに飛んでいるような気がするけど、まあそれは置いておくとして。

「笹瀬川さん、ちょっといいかな」
「何かしら、直枝さん」
「君のぱんつは無事だった?」
「ええ、そういえば……まったくの手つかずでしたわね」
「なるほどね……」
「何か気付いたことでもあったのかしら、直枝君」

 二木さんが僕に尋ねてくるけれど、その表情を見る限り彼女も気付いているだろう。興奮状態にあった来々谷さんもいつの間にか「うむ」と頷いている。これは、あくまで確認だ。ひたすらショックを受けている様子の小毬さんにこの事実を告げるのは酷な気もするけど、手がかりを得るためにはどちらにせよ話さなければならないだろう。
 僕は一呼吸置いてから、口を開く。

「一緒に盗まれていった衣類。手つかずだった笹瀬川さんのぱんつ。つまりこれは、ぱんつが目的ってわけじゃない。狙いは……小毬さんだ」
「いわゆるストーカーというやつだな」

 僕が突き付けた事実に、小毬さんは打ちひしがれたような表情を浮かべた。
 小毬さんは誰をも惹きつける魅力の持ち主だ。でも、そのために向けられる好意が度を越せば、それは簡単に悪意へと変質する。

「安心なさって、神北さん。そんな不埒者、わたくしたちが手早く捕まえてみせますわ!」
「まあ、神北さんは可愛いものね。ストーカーがいてもおかしくはないわ。だからそんなに落ち込まないで」
「うう……さーちゃん、かなちゃん……」

 それぞれ小毬さんを元気づけようとする笹瀬川さんと二木さん。いやまあ二木さんの慰め方が微妙に間違ってるような気もするわけだけど。「このまま優しく慰めてあげたら流れで美味しくいただけちゃったりしないかしら」とか心の声が聞こえてしまったような気がするわけだけど。とりあえず無視する方向でいこうと思う。





 僕たちは、二手に分かれて学内での聞き込み調査を始めることにした。二木さんによれば、学校部外者の犯行である可能性は低いとのことだ。以前の下着泥棒事件を受けて、警備が強化されているためだという。つまり内部の人間が犯人である可能性が高くなるわけだけど、小毬さんにストーカーの心当たりは無いという。
 班分けの際、二木さんは頑なに小毬さんと二人で行くことを主張していたけど、それは僕が阻止しておいた。恭介のいない間、小毬さんを守るのは僕の役目だ。……まあ、その割には今回の騒動のせいで恐い思いをさせてしまっているわけだけど。でも、だからこそ、身の程知らずの変態野郎をさっさと捕まえなければならない。
 というわけで、僕の班には小毬さんと笹瀬川さん。それに加えて、笹瀬川さんはソフトボール部の部員を総動員させてくれている。
 しかしながら、聞き込みを始めて二時間、手がかりは全く得られていない。二木班からも、「収穫なし。むしろ私、収穫されそうになったわ……あ、ちょ、どこ触って、あぁん!」と一度連絡があったきりだ。この時間を使って小毬さんの新しいぱんつを買いに行っていたほうが良かったんじゃないかとも思うけど、それじゃ意味がない。新しいぱんつも、また餌食にされてしまうだけだ。

「あっ! あれは……」

 笹瀬川さんが、前振りなく声をあげた。反射的に、僕はそちらに視線を向ける――うげ。

「棗鈴っ! ……って、あら?」
「どうした、さざんといえばつなみ」
「さ・さ・せ・が・わ・さ・さ・み、ですわ! それより、あなた……なんですの、それは」

 笹瀬川さんの視線がどこに向けられているのか、僕にはわざわざ見ずとも分かる。幸薄いはずのそこが、どういうわけか膨らんでいるのだから、気になって当然だろう。

「直枝さん、あなたまさか……伝説の、神の指(ゴッドフィンガー)の継承者でしたの!?」
「いやいやいや、昨晩どころか今朝起きた時もちゃんとぺったんこだったからね? というか何その伝説」
「誰が洗濯板じゃボケーッ!!」

 ぶよん、と不自然な揺れを伴いながらツッコまれる。
 鈴のおっぱいが急成長を遂げた――なんてことがあるはずもないので、どうせパッド装着しただけなんだろう――のは、今日の昼休みの終わり頃だったはずだ。そんな鈴を、いつもは鈴を快く思っていないはずの女子グループをも含めたクラス全員が微笑ましく見守っていたわけだけど、僕としては正直そんな穏やかな気分ではいられない話だった。
 だってさ、これ、絶対僕に対する嫌味だよ。だいたい揉んだら大きくなるなんて科学的根拠のない都市伝説をアテにされても困るというかそもそも揉めるだけのサイズすらないのにどうしろっていうんだというか鈴はそのままでいてくれるのが一番いいというか、とにかく嫌味だ、嫌味に違いない。あれだけ色々やっといてまったく成長する気配がないとはどういうことだ、という無言の訴えなんだよ。きっとそうだ。
 そんなわけで、今の鈴を前にするのは非常に居心地が悪い。

「……まあ、いいですわ。それよりも棗さん、ちょっとお聞きしたいのですけど」
「なんだ、なんかあったのか?」
「実は、かくかくしかじかでして」
「なるほど。それでこまりちゃんが後ろでしょんぼりしてるのか」

 それで通じていることにわざわざツッコミを入れようとは思わない。そんなことどうでもいいから早く立ち去りたい。どうせ鈴が何か知っているとも思えないし、

「あたし、犯人知ってる」

 ええええええええええー。

「本当ですの!?」
「す、すごいよりんちゃん!」

 鈴は誇らしげに違和感ばりばりの胸を張る。手がかりどころかいきなり犯人って、いくら尺が無いからって都合良すぎな気がするけれど……いやでも、ようやく進展しそうなんだし話を聞くぐらいはしたっていいだろう。

「それで鈴、犯人はいったい……?」
「聞いて驚け。犯人は……」
「「「犯人は?」」」
「……うちの馬鹿兄貴だ!」

 ぶよん。

「……小毬さん、恭介って今どこにいるんだっけ?」
「えっと〜……D○SH村だったかなぁ。あ、ほら、写真だよ〜」

 携帯の画面には、数匹のヤギと戯れていたり、畑を耕していたり、すっかり馴染んでいる様子の恭介が写っている。メールの日付は昨日。ちなみにこれ、小毬さんだけでなく僕らリトルバスターズメンバー全員に送られてきたものなので、当然鈴だって知っているはずなのだけど。

「これはあれだ、モハメド・アリ工作だ」
「アリバイね」
「そう、それだ。先に写真だけ撮っておいて、それを後から送ってきたんだ」
「やけに自信満々だけど、まさか恭介が小毬さんの部屋に侵入するのを目撃したの? そうじゃなくても、近所で見かけたとか……」
「いーや、そんなことはない」

 また胸を張って答える。ぶよん。

「なら、その自信はどこから湧いてくるんですの……」
「なぜなら、やつは変態だからだ。そして変態だからだ」
「大事なことだから二回言ったんだね、わかるよ」
「わ、わかっちゃダメだよ理樹くん! りんちゃんもダメだよ。きょーすけさんがそんなことする人じゃないの、知ってるでしょ?」

 小毬さんの言葉に、鈴の表情が翳った。
 不機嫌、というほどではない。ただ、むっとしているのは確かだろう。別に初めてのことというわけでもなく、恭介と小毬さんが付き合い始めたのかどうなのかよくわからない微妙な関係になったころから、小毬さんが恭介のことを口にすると、鈴は時折そんな顔を見せるようになった。
 要するに、大好きな小毬さんを恭介に盗られたように感じて、嫉妬しているのだろう。それはまあ、以前の鈴を思えば微笑ましいものではあるんだけど、僕からすると恋人としての立場がないというかなんというか。

「……きょーすけは変態だ」

 鈴はしつこく言い張った。今度は――これは本当に珍しく――小毬さんが、むっとした表情を見せる。

「りんちゃん、ちょっと――」
「こまりちゃんにこんな写真撮らせるようなやつ、変態以外の何者だっていうんだっ!!」

 小毬さんの言葉を遮って、鈴が勢いよく突きつけたのは、携帯電話だった。僕の位置からはよく見えないけど……その画面には、何か写真らしきものが表示されている。写っているのは、小毬さんに見えるような、見えないような。
 その小毬さんは、

「な、え、あ、ぅああっ、ななな、なんでりんちゃんがそれを!?」

 あわあわと動揺しまくっていた。つまり、やはりそれは小毬さんの写真であるということなのだろう。鈴が恭介は変態であると主張する根拠たる写真、いったいどんなものなのか気になってしょうがない。僕はさり気なく身を乗り出し、目を凝らす。
 素知らぬ顔の笹瀬川さんにブロックされた。

「馬鹿兄貴、いや変態兄貴が間違って送ってしまったらしい。すぐに削除しろって電話がきたが、削除の仕方がわからなかった」
「わ、私が削除してあげるから、貸して〜!」
「やだ」
「ふえええっ!? ど、どーしてっ」

 僕が笹瀬川さんの妨害を受けている間にも、話は進んでいく。ええい、ちょっと! どいてよどいてくれよ、見たいんだよどうしても!

「これはしょーこひんだからだ。こまりちゃんの頼みでも聞くわけにはいかない」
「そ、そんなぁ〜……うわぁああんっ、おーよーめーにーいーけーなーいー!!」
「泣かないでくれ、こまりちゃん。もしもの時は、あたしがもらってあげるから」

 笹瀬川さんのボリュームある頭越しに、鈴が小毬さんの肩にぽん、と手を置くのが見えた。ねえ鈴、その場合僕はどうなるのかな……って、そんなことはどうでもいいんだよ! 今何より重要なのは、小毬さんがお嫁に行けなくなってしまうような写真なんだ! 大丈夫だ小毬さん、もしもの時は僕が貰ってあげるから!
 いつの間にか笹瀬川さんの取り巻き三人組もブロックに加わっていた。うわあああ……。

「その、あまり気にしないほうがいい。どうせあの変態が、嫌がるこまりちゃんに無理やり撮らせたんだろう? まったく、あんなのが兄であたしは恥ずかしい。かるくしにたくなる」
「……違うもん」
「こまりちゃん?」
「きょーすけさん、そんなこと言わないもん! それは、私が勝手に――!」
「ちょっ、神北さん!? あなた何を口走ってるんですの!?」

 はっ、笹瀬川さんに隙ができた……! 今しかない! うおおおおおっ!!
 ……いよっしゃあっ! 抜けたぁあああっ!

「……う、嘘だッ!! こまりちゃんがあの変態のために自分でこんな写真撮ったっていうのか! そんなのっ」

 僕がついに目にしたそれは、

「嘘じゃないよ! 確かにきょーすけさんはちょっとえっちかもしれないけど、変態なんかじゃないもん!」

 つまるところ、

「う……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だぁっ! うわああああああああああああああっ!!」

 スパッツもいいけどやっぱりぱんつもいいよね、みたいな。

「あ、え、りんちゃん!? ま、待って、それ消して〜!」

 違和感たっぷりにぶよんぶよんと胸を揺らして走り去った鈴を追って、小毬さんも姿を消した。
 取り残された僕と笹瀬川さん。笹瀬川さんは、大きく溜息をついた。

「知ってたんだ?」
「あのアングル、一人では撮れなくてよ?」
「ああ、なるほど」





 その後も笹瀬川さんと一緒に聞き込みを続けたものの、鈴の話以上に有益な情報を手に入れることはできなかった。いやまあ、鈴の話が果たして有益かと言われると微妙なところだけど。なんだかんだで割とまじめにやっていたらしい来々谷さんと二木さんの方も、さして変わらないようだった。日もすっかり暮れた頃になって、その日の捜査は打ち切られることになった。
 自室に戻ると、部屋の前に真人が突っ立っていた。はて、今日は帰りが遅くなるかもしれないから、と鍵を渡しておいたはずだけど。まさか失くしてしまったのだろうか。

「どうしたのさ、真人」
「おう、理樹か。いや、なんかいきなり鈴がやってきてよ。そんで一人にさせてくれって言うもんだから」

 結局小毬さんは追いつけなかったらしい。明かりも点けずにベッドの隅で膝を抱えて小さくなっている鈴の姿が容易に想像できた。

「真人、少しの間どこかで時間潰してきてくれないかな」
「ああ、構わねぇよ。済んだらケータイに連絡くれ」
「うん。悪いね」

 真人の大きな背中を見送ってから、僕は部屋のドアを開けた。僕が想像した通りの光景が、そこにはあった。

「鈴」
「理樹か」

 明かりは点けないで、僕は鈴と少し距離をおいてベッドに腰かけた。
 しばらくして、鈴が今にも泣き出しそうな声でぽつりと言った。

「もう、なにもしんじられない」

 小毬さんの色ボケがそんなにショックだったのか、今の鈴はひどく儚げに見える。それこそ、放っておいたら消えてなくなってしまうんじゃないかと思ってしまうほどに。僕には――それが、無性に悔しくてならなかった。

「僕のことも、信じられない?」

 鈴が、はっと何かに気付いたように顔を上げた。

「そ、それは」
「信じられないっていうなら、それでもいいんだ。それは、僕が鈴に嫌われてしまったってことだと思うから」
「な、なってない! 嫌いになんかなってないぞっ」

 鈴ががばっと身を起こして、僕に詰め寄ってくる。儚げな雰囲気が掻き消えると共に生気が戻ったように見えて、僕は安心した。そう、鈴だって本当はわかっている。ただ、少し拗ねていただけなんだ。

「鈴」
「う、うん、なんだ」
「鈴が何もかも信じられなくなって、それでも僕を信じてくれるっていうなら……僕はちゃんと、鈴の手を引くから」

 鈴が目を丸くする。……まあ確かに、少しキザすぎる気がしないでもないけど。そんなに似合わなかっただろうか、などと思う間に。

「りきっ」

 鈴が、まるで猫みたく飛びついてきて――僕らはそのまま、唇を重ねた。
 辛うじて受け止めた鈴の身体は、いつものようにちっこくて、そして温かかった。唇を合わせたままその背中に手を回して、ぎゅっと抱き締める。
 違和感があった。

「……ねぇ、鈴」

 唇を離す。どこか名残惜しそうにしている鈴に、僕は空気を読まず、読もうともせず、ついに言ってしまった。

「なんでパッドなんか付けてるのさ」
「う、うみゅ」

 鈴は逃げるかのようにそっぽを向く。その仕草は、恥ずかしいというよりもバツが悪いといった感じで、僕にはそれが不思議だった。いつもの鈴なら、前者の反応になると思うのだけど。
 とりあえず、優しく押し倒しておいた。

「うにゃー!? ちょ、り、理樹!?」
「ん、どうしたの」
「だ、だめだ! 今日だけは、その……」

 僕は、少し悲しくなった。せめて今日一日だけ、虚構でもいいから大きなおっぱいが欲しい……鈴にそんなことを思わせてしまっているのは、僕が不甲斐ないせいだ。彼女のささやかな願いを妨げることが、どうしてできようか。

「わかったよ、鈴。おっぱいには手を出さない」
「そ、そうか。それはよかった」
「というわけだから」
「ひゃあんっ!?」

 おや。この肌触り、覚えがない。新しく買ったやつ、ということかな?

「ど、どこ触っとんじゃおまえはーっ!」
「どこって、そりゃあ」
「やっぱり理樹のことなんて信じられない!」
「ひどいなぁ」

 うーん、鈴もようやくそっちの方に気をつかうようになったということかな。まあ、来々谷さんや葉留佳さんに唆されたって説もあるけど。どちらにせよ、僕のことを意識してくれているということで、嬉しくないと言えば嘘になる。

「鈴、見せてね」
「や、やめっ、にゃー!?」

 僕はゆっくりと、スカートを捲りあげる。

「……ずいぶんと大人っぽいの穿いてるんだね、鈴」

 鈴は諦めたのか、抵抗するのをやめて、僕にその身を委ねた。

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