心を描く       <>



 卒業後、プーたろうだった恭介が職を見つけた。
 就職先は、エロゲーメーカーだった。

 内心呆れながら、僕は恭介に問いただした。
「ねえ、恭介。どうしてこの会社に就職したのさ?」
「妹系のエロゲを物色してたら見つけたんだ。それで、面接に行ったら受かった」
「えっ?それだけなの?たったそれだけでその、こんな会社に就職したの?」
「こんな会社だなんて失礼だな、理樹。エロゲーメーカー『青い果樹園』はその筋ではかなりの大御所なんだぞ?」
「なんだぞって…。……鈴も怒ると思うよ?」
「…確かに鈴に叱られるのは嫌だ。だが、俺は自分の入った会社に誇りを持っている。両親にも迷惑をかけたんだ。鈴に蹴られた程度で辞めてたまるか。」
「それはそうだけれど…」
「理樹、最初から偏見を持った目で見るな。俺だってそりゃあ動機は単純だったさ。だけどな、俺は面接に行った時のあの人達に、真剣な目を見たんだ。俺は、『青い果樹園』で働きたい。」
「…わかったよ、恭介。仕事、頑張ってね」
「ああ」


 当然ながら、鈴は怒り狂った。一応無職だった恭介が就職したのに、会った瞬間に襲いかかった。ハイキックだけじゃ収まらず、僕で鍛えたジャーマンスープレックスやスピンニーホールドでもまだ収まらず、最後に伝説の山嵐を決めた後に叫んだ。
「お前は最低だ!クビだ!今日からは理樹が兄貴だ!!」
 地面に叩きつけられた状態で、兄貴解雇を宣告された恭介の喉が動いた。
「お、俺はたとえ親友の妹でもいけるクチさ…!」
 しばらく鈴はぽかんと口を開けていたけれど、告げられた言葉の意味に気づき、しねこのバカあ…赤の他人ー!と叫びながら恭介を踏みまくっていた。

 鈴は憮然としていたが、恭介の社会人生活が始まった。数日すると、僕に一通のメールが送られてきた。差出人は、恭介。メールには、ミスをしてしまい落ち込んだこと、怖い上司に褒められたこと、仕事は厳しいがとてもやりがいがあることなどが記されていた。毎日会社での出来事をメールで報告してくる恭介は、とても生き生きとしているように見える。いつからか、仕事帰りに恭介のメールを見るのが僕の日課になった。

 やがて恭介は実家を離れ、仕事場に近いアパートへと移り住んだ。
「これで、もっと忙しくなるな」
 一段落して、引越祝いのそばを食べているときの恭介の横顔に、今はもう振り返れない学園生活を思い出した。無精髭が生えた口元はあの頃と同じように不敵に笑っていた。
 仕事が片付いて家までの帰り道。いつものように携帯を取り出し恭介からのメールを開く。すると件名に重大ニュース!と銘が打ってあり、自分がプロデューサーとして指揮をとって仕事を任された、と記されていた。無機質なメールの文からも恭介の興奮が伝わってくる。走って家に帰り、鈴にそのことを報告すると、
「まあ頑張ってるんじゃないか?」
 とそっぽを向きながら答えた。
「ねえ、鈴。今日の夕飯、いつもより豪華じゃない?」
「…バカ兄貴は今赤の他人だから、代わりに理樹を祝ってやる。」
 そう言ってビールを差し出してくる鈴。
「…恭介の仕事が終わった頃に、みんなでお祝いしようか」
「…ん」
 無愛想な横顔は、子供の頃からずっと変わっていない。

 数ヶ月後、『青い果樹園』から一本のソフトが僕の家に届いた。可愛らしい女の子が指を加えて寝転んでいるパッケージ。ネットでタイトルを調べてみると、感動の名作としてかなり売れているらしい。鈴にそのことを話すと、とても酸っぱそうな顔をしていた。
 その後も我が家には定期的に『青い果樹園』名義でグッズが届くようになった。最初は憤慨していた鈴だけれど、そのうちにメンドくさくなったのか次第に順応していった。毎朝キャラクターマグカップでココアを飲むようになった。
 そして先日、棗恭介名義で小さな小包が届いた。中を開けると、見たことあるキャラクターが表紙の雑誌が入っていた。目次を見ると、恭介のインタビューが掲載されている。
 恭介は記者に人気の理由を聞かれると、こう答えていた。
 『僕たちは彼女たちを一人の人間としてみています。彩色された存在なのではなく、彼女たちには命があります。彼女たちには僕たちのように過去があり、また僕たちのように無限の未来がある。だから、ユーザーに受けたのではないかと思っています。』
 そのインタビューは恭介の言葉で締めくくられていた。
『世界には僕たちが生涯出会うことのない人が沢山います。けれど、画面越しではありますが彼女たちと僕たちは確かにつながっています。ぜひ、ゲームをしていない皆さんにも等身大の彼女たちを見てほしいです。』
 ちょうど起きてきた鈴に雑誌を渡すと、眉間にしわを寄せながら、
「ふん、しねばいいんだ。あんなバカ兄貴」
 そう呟く鈴のパジャマでは、女の子が恥ずかしそうに笑っていた。

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