しあわせのおと 浜村ゆのつ
かたかたことん
電車がレールを叩く音。
かたかたことん
私と理樹君を運ぶ音。
ぽりぽりぱくん
私がお菓子を食べる音。
てくてくことり
これは……?
「小毬さん、ジュースどう?」
「ありがと〜あ、つぶつぶ入り」
理樹君だ、いつの間にかいなくなって、いつの間にか私の側にいる不思議な理樹君。持っているのはつぶつぶみかんの缶ジュース?
「嫌だった?」
「ううん。甘いジュースはおいしいよね、つぶつぶみかんもおいしいです。二つ揃うともっとおいしい、だからこれは大好きです」
これも幸せスパイラル、幸せに幸せが重なって、たどり着くのはつぶつぶみかん。
渡された缶はちょっとひんやり、ごくごくと飲んでとっても幸せ。私はほわっと笑顔です。
今日は理樹君と湖にお出かけ、二人一緒に電車でお出かけ。
突然誘われたのにびっくりで、行く先を聞いてもっとびっくり、理樹君の口から出てきたのは、私の大好きな湖でした。
これは驚きスパイラル、もしかして、私の気持ちが以心伝心理樹君に届いたの? 私たちは仲良しさん、きっと心も仲良しさん、だから気持ちが繋がって、二人で一緒に湖にお出かけ?
とっても素敵な気持ちを乗せて、とっても嬉しい私を乗せて、電車はどんどん走ってる。目的地は素敵な湖、側にいるのは素敵な理樹君。
楽しいお休み嬉しいお出かけ、もっと嬉しい理樹君と一緒。
でも二人でお出かけなんて、まるで、ででで……でーと!?
「デートがどうかしたの? 小毬さん」
「うわーん! 口に出してた〜」
うう……何で私って自爆が好きなんだろう……
「好きなの? デートが?」
「うあぁああ〜好きだけど違う〜」
自爆が誘爆、大爆発。うう……こんなスパイラルはなんか嫌。
その時小さく電車が揺れて、大混乱な私も揺れて、これを機会にていくいっといーじー。
「よし、落ち着こう」
理樹君を指さす、そう、落ち着くのは大切です。
「小毬さんがね」
返された。
「うん、私が」
頷いた。……あれ?
何はともあれ落ち着こう、みかんジュースをごっくん一口、つぶつぶ甘いみかん味が、私の中にやってきて、これで私はとっても幸せ。
「おっけー、大丈夫落ち着いた」
そもそも何で慌ててたんだっけ? でも思い出すとまた慌てちゃうから思い出さないでおこう。これで私はハピネス。
……ん?
「理樹君何で私を見てるの?」
「何でもないよ」
「?」
幸せ笑顔な理樹君は、やっぱり笑顔。なんで笑っているのかな、つぶつぶみかんが口元にいるの?
「わわわ……あれ?」
でも触ってみても何にもない、これは不思議、不思議なみかん。理樹君は相変わらず笑顔だなぁ。
う〜んと首を傾げる私の隣に、理樹君が座ります。きゅっときしんだ椅子の音、それはきっと幸せの音。私がお菓子の袋を開けるのも、ちょっと小さな幸せの音。
そんな私たちを乗せている、電車はかたこと楽しそう。
笑顔のまんまで視線をずらせば、やっぱり笑顔の理樹君が、持っているのはつぶつぶみかん。
「お揃い?」
「そうだね」
「ん〜」
ちょっと考える。お揃いは嬉しい、嬉しいはお揃い、お揃い……?
「めめめめ夫婦ジュース!? 私たちにはまだちょっと早いような気もするですけど理樹君が望むのでしたら食器棚に仲良く並べてでもジュースだから冷蔵庫の方が……」
「落ち着いて小毬さん。夫婦茶碗はともかく、夫婦ジュースはないと思うんだ」
そっか、ちょっと残念。あれ、残念? 残念っていうことは私は夫婦じゃないのが残念っていうことだから理樹君と夫婦茶碗になりたいっていうことで仲良く食器棚に収まって毎日一緒に朝ご飯のちゃぶ台に……
「うわーん、違う〜」
「ちょっと小毬さん、落ち着いて。はい、チョココロネ」
「はぁわ!?」
口の中にはチョココロネ、甘い気持ちで幸せで、理樹君の気持ちでもっと幸せ。
「う〜んおいしい〜」
「よかった」
隣に座った理樹君が、お日さまにさっと照らされて、ちょっとでかぷー。
かたたんことんと小さな揺れと、低く唸るモーターに、がらがら電車に差し込んだ、昼下がりのほんわかな日射し。電車にあわせてゆらゆら揺れて、私たちを照らしてる。
乗ってる人はのんびりのんびり揺られてて、私たちと一緒です。
いつかどこかで見たような、とっても大切なような、でも、今はきっと振り返らなくてもいいような……そんなでかぷー。
そういえば、どうして理樹君は湖に誘ってくれたのかな? やっぱりあの湖を知ってたの? これはとっても不思議。
謎の解けない向こう側、記憶がないけど引っかかる、それはとっても不思議な気持ち。
悩んでいる間も電車はかたこと、鉄橋を渡ってがたんごとん、街を抜けたらトンネルにごー。
「どうしたの? 小毬さん」
ごーっというトンネルの音に、混じって聞こえる理樹君の声。
「ほぇ?」
途切れた景色の真っ暗闇で、突然途切れる私の不思議、気付けば首を傾げる理樹君。思い切って聞いてみよう。
「う〜ん、理樹君でかぷーしない?」
「デジャ・ビュね。うん、そうだね、僕もだよ」
「あれ?」
この会話にもでかぷー……じゃなくてデジャ・ビュ。それに理樹君がちょっと嬉しそうで寂しそう……なんでだろう?
心のどこかに引っかかる、記憶の鍵は開かない?
そんな不思議なでで……でかぷーを考えながら、私は視線を窓の外。
トンネルを抜けたら明るくて、寄り添う道にパン屋さん、さっきすぎたのはケーキ屋さん、今の車はりんご色。時間があったら寄ってみよう、おいしいお菓子を探すのです。
かたたんことんと軽い音、湖の駅まではあと少し。だけど、流れる景色に記憶はなくて、あるのはもっと昔の記憶だけ、さっきのでかぷーは私の気のせい?
ごとんと小さな揺れがきて、電車はだんだん速度を落としてる。進む田んぼの向こうには、懐かしい街並みが見えてきて、電車はだんだんのんびりさん。
流れる川はソーダアイス、あぜ道の色はドーナッツ、空の太陽はみかん色、ってみかんジュースを飲んでない!?
「ふぇええ〜着いちゃう〜」
まもなく到着の放送で、慌てて残りを飲もうとしたら、なくなるジュース、立ち上がる理樹君。え? もしかして遅いから没収!?
「持ってかないで〜」
「小毬さん、大丈夫、持っていかないから。降りてから飲もう、ね」
そう言う理樹君はすっかり準備完了です、なんと私の荷物まで。うう、早とちり。
ごろごろぴしゃんと扉が閉じて、出発進行トレインごー。
街の向こうのそのまた向こう、空と山の間へと、かすんで消える小さな電車。かたたんことんと小さな音も、いつの間にかなくなって、ホームは静かになりました。
駅に降りたのは二人だけ、私と理樹君の二人だけ。他には誰もみえなくて、空の雲は何に見える?
「ふわふわドーナツ……」
「食べたいの? ドーナツ?」
「うわぁーん違う〜」
「違うの?」
「違わないけど違う〜」
うう……理樹君がいたずらな目をしてる。からかってるんだ、よーし。
「理樹君」
「何、小毬さん?」
真面目な顔で理樹君を見て……
「人をからかって遊んではいけません、それはとってもいけないことです」
びしっ! うん、これできっと理樹君は……
「うん、わかった」
あ、理樹君わかってくれた。これでおっけー、のーぷろぶれむ。
だけど、満足顔な私は、そうそう長くは続かなくて……
「それならもう小毬さんはからかわない、いけないことだもんね」
……あれ?
「鈴や葉留佳さんと遊ぶことにしよう」
……あれれ?
「……あう」
「何?」
「理樹君いじわるだよ〜」
やっぱりいたずらな顔した理樹君に、私は泣いて駈けだして……
「はうっ!?」
「ちょっと小毬さん!?」
ホームの柱とごっつんこ……
「ごめんごめん」
「もー」
ちょっとふくれっつらな私に、理樹君が謝ります。
「ひどいですよ理樹君」
「慌てる小毬さんが可愛かったから」
「ふわぁ!?」
またからかわれてるの私!? あ、でも理樹君は真面目な顔、真面目な顔っていうことはつまり私のこと可愛いって言ってくれたわけだから理樹君は私を可愛いって思ってくれてるっていうことできっともう顔が真っ赤になっているから……
「よし」
一声。
「言わなかった事にしよう、おっけー?」
理樹君にびしっと。
「あ、え、お、おっけー」
そんな声を聞いて今度は私の番。
「聞かなかった事にしよう、おっけー」
何を言わなかった事にするのかなっていう理樹君の声が聞こえた気もするけど、それも聞かなかった事にする。おっけー。
悩んでいても怒っていても幸せは逃げていくから、そういうことはなかったことに、笑顔でいるのが大切なのです。
「あ、そうだ、小毬さん、ジュース。そこのベンチに座って飲んだら?」
そう言って私にジュースをくれる理樹君。指された指の向こうでは、ホームの屋根が途切れてて、青空の下にベンチが一つ。
「ありがとー」
私はそう言って座ります。理樹君も隣にやってきた。
お日さまに照らされたおんぼろベンチは、少しほわっと暖かい。そよそよ風も暖かで、ここはとってもベストプレイス。理樹君と座ると小さくたわんで、私ダイエットした方がいいのかなぁ。
渡されたつぶつぶみかんの缶ジュースも、いつの間にかあったかみかん、つめたいみかんとあったかみかん、両方飲めるのは素敵です。
ごくごくと飲んで幸せ一杯、隣にいるのは理樹君で、とっても嬉しいのんびり時間。もうちょっとだけ、ここでのんびりしてたいなぁ。
ドーナツ雲がまるまって、あんぱん雲になった頃、聞こえてきたのは理樹君の声。
「そろそろ行こうか、のんびりしてると、湖についたら夕方になっちゃうし」
「ほえ……?」
ちょっとだけ考える。えーっと今日ここに来たのは……
「あーそうだ、湖」
「小毬さん、忘れてた?」
「ちょっとだけ」
幸せすぎて忘れてた。そうそう、今日ここに来たのは湖に行くんだった。理樹君が湖を知っていたのはやっぱり不思議だけど。
「じゃあさ、おまじない」
「おまじない?」
そう言って近寄る理樹君、理樹君のあったかさが側に来て、私は少しどきどき。
そして、理樹君は優しい、でもちょっといたずらな顔で私に言いました。
「……小毬さんの思い出が、もう少し、ほんのちょっとだけ見えるようになりますように」
「え?」
「行こうか」
「ふぁ……りりり理樹君?」
心のどこかでかちりと小さな音、何かがどこかで合わさった、それは小さな始まりの音。忘れていた始まりの音。
……とっても幸せな、始まりの音。
「約束……だからね」
立ち上がる理樹君、理樹君……
「うん、約束、約束は守らないといけません」
びっくりして立ち止まる理樹君、だけどすぐに優しい顔。
「だから行こう、いつかみたいに、二人できれいな湖を見よう」
「……そうだね」
嬉しそうな理樹君の顔、私もつられて笑顔です。これはとっても幸せスパイラル。
ホームの向こう、山並みの中、もう一度湖でボートに乗ろう。二人一緒にボートに乗ろう。
幸せ笑顔を見合わせて、てくてくホームを歩きます。
きっとそれは幸せな道、今度は二人で手をつなぎ、笑顔で先を目指すのです。私たちは泣いたから、たっぷりたくさん泣いたから、今度は笑えるはずだから。
理樹君、今度は二人で笑おうね。
『おしまい』